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幸せ

つまらない大人になった。

17の時、人と違う道を行こうと決めた。
受験をし、大学へ行き、就職活動をする。そんな未来に当時の私は魅力を感じなかった。
別にそうしたくてしている人より、そうなっていく人がほとんどなのだと思っていた。
私は嫌だ、違うんだ。自分がしたいと思える事をしたい。そんな幼稚な考えが、誰のイタズラか世間に通用してしまった、17歳の夏。

私の人生が変わる瞬間だと思った。

オーディションは1発合格、それどころかアイドルのオーディション自体初めてにも関わらず受かってしまった。
正直1発で合格する人はかなり珍しい。皆何度も何度も数年かけて受けまくり、やっとのことで合格するものなのだ。
容姿が特別良い訳でも無いのに合格するなんて、私はもしかしたら才能があるのかもしれない。
そんな期待を胸にステージに立ってみるも、甘やかしはそこまでだった。
特に人気はなかった。
ファンの数もどちらかと言うと少ないくらいだった。
「世の中そんな甘くない」を18で教わった。

コロナ禍もありチャンスが少ない中、どうすれば少しでもスポットライトが当たるか熟考した。
そして私は奇行に走った。
奇行に走ったというよりは、プライドを捨て私自身をさらけ出した。

現場での印象は分からないがファンの間では面白がられ、応援してくれる人、面白がって傍から見る野次馬は増えた。

そして20歳の誕生日、世間に私が顕になった。
明確に言えば、私の谷間が顕になった。
大人には散々怒られ、わざとではないが今までの数十倍もの人達から注目を浴びた。

それはまるでぼた餅が空から降ってきたかのようだったが、じゃあ今までの努力は何だったのかと考えさせられる出来事だった。

その後私は正規メンバーへと昇格、と同時にグループを卒業した。

卒業して1週間足らずで憧れのラーメン屋のバイトも合格した。
卒業した直後はSNSのフォロワーも伸び続け全てがうなぎ上りだった。

それも数カ月したら落ち着いた。
自撮りのいいね数もフォロワーの数に見合うほどに落ち着き、良くも悪くも安定しだした。

だがそれでいい。ことが上手く運ばれすぎて怖いくらいだったので安心した。
なんて平和な日常なんだ。
20年間の人生で今が1番幸せだ。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、これが本当なんだ。
今はほかに何もいらない。
全てが満たされている感じだ。
つまらなくなんかない、幸せだ。

そして今日も私はバイト先へ向かう。

ラーメン屋に着くといつもの大将、いつもの先輩がいて。

「はやかちゃん、ごめんね。今変な人が来てるの。もしかしたらはやかちゃん目的かも...念の為しばらくここで隠れてて!」



なんだ...?いつもと違う。

なんだか喉がくすぐったく感じる。
まるで台風の時学校にいるみたいな、そんな感じがした。

「あ、もう大丈夫かな...?はやかちゃん、出てきていいよ!」

よく分からないが、その後は何事も無かったかのように取り敢えず働いた。
今日も店は忙しい。
さすが、私が認めたラーメン屋だ。
ここのラーメンが一番うまい。

そして数時間後にはすっかり忘れていた。
家に帰るとまたいつも通り。
筋トレをして風呂に入り、夕飯を作って食べた。
今は夏野菜をたっぷり使った野菜炒め、そして胸肉。
作る時間、食べる時間も至福の時間だ。

夜の22時半、インターホンがなった。
はいはい、宅配便の方ね。
ほぼノールックでオートロックの鍵を解除した。


そしてその時、やっと気づいた。
日常に紛れ込んだ異変に気づいた。が、遅すぎた。

荷物を持った男、何故私服だったのだろうか。
そして今日の出来事が頭をよぎる。
ジワジワと額が、胸が、熱くなるように、冷たくなった。

「ピーンポーン」

部屋のチャイムが鳴る。
大丈夫、鍵は閉まってる。
大丈夫、大丈夫。




でも。

私はドアノブに手をかけた。

ごめんなさい、みんな。

こんなに幸せなのに、どうして。

どうしてだろう。




私はただ

つまらない大人になりたくなかった。

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