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(ハワイレコード版)大江千里オリジナル・アルバムレビュー4th『乳房』

大江千里
『乳房』
1985年3月21日発売

1. サンタクロースがやってくる
2. 彼女によろしく
3. 手垢のついたスティショナリー
4. コンチェルト
5. バンドをつくろう
6. 六甲GIRL
7. JANUARY
8. コスモポリタン
9. 愛するということ
10. フレンド

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「大江千里さんのアルバムで一枚レビューを書いてみませんか」。半月ほど前、ハワイレコードの店主さんに声をかけてもらいました。大江千里さんは、今年がデビュー40周年。『Rain』の7インチシングル、そして豪華なシングルコレクションがリリースされたばかり。ソニーのサイトでは40周年記念の特集も始まりました。ソニーの特集も充実しているけれど、もっとファンの気持ちも届けたい。。それなら、我々有志でディスクレビューしてしまおうじゃないか。そんな店主さんの企画でした。

 ただ、正直なところ、大江千里さん。レビューの話をいただいたときはそんなに聴いたことがなかったのです。レコード収集は好きでもレビューを依頼されたときに手元にある千里さんのレコードは『未成年』と『乳房』だけ。それでもいいですか、と確認したら、それなら「乳房』でお願いします、というこになり(笑)おそるおそる筆を取っています。

 長くなりました、『乳房』のレビューします!


アルバム『乳房』

 1985年12月4日発売。プロデュースは前作『未成年』に引き続き清水信之さん。そして、ギターは佐橋佳幸さん・コーラスはEPOさん。この3人は都立松原高校時代からのトリオ。清水さんがプロデュースを担う前はギタリストの大村憲司さんがプロデュースしていましたが、清水サウンドに変わってからはソリッドでロックな仕上がりが増えました。前作『未成年』に引き続き、今作にもその影響がバリバリと出ています。


 今作は前アルバム『未成年』から、なんと8ヶ月で発売という、同時期のアイドル並みの短いスパンで発表されました。季節感もアイドルのアルバム顔負けのクリスマスソング(『サンタクロースがやってくる』・『バンドをつくろう』)や『JANUARY』がラインナップに上がりました。さらに、1987年の『塩屋』・1990年の『舞子VILLA Beach』に並ぶ神戸ソング、『六甲GIRL』も。今回は、そんな名曲の中から私のお気に入りの曲をピックアップして紹介します。


・彼女によろしく

 リンドラムのような乾いた音のドラムに、シンセサイザー。聴いた瞬間にグッと世界に引き込んでくれるイントロから始まる一曲。「他の誰にもわからない きみの良さ ぼくなら見つける」という、別れること・他の男に取られることはわかっていながら内心がぽろっと出る歌詞に、Aメロに登場するEPOさんのコーラスがなんとも妖しげでマッチ。クセになってしまいます。ただ、このまま妖しげな雰囲気に引きづられないのは、「きみだけが君だけを強く激しく求めていてほしいだけさ」という、物語の主役なりの落としどころと歌詞と清水アレンジの掛け合いが妙だから。そんな絶妙なバランスを感じずにはいられません。


・コンチェルト

 彼の、密かだけど着実なヒット曲『Rain』に通ずる、自分の持つ弱さについて悩み続ける中でも、それを抱えながら相手を愛したいという気持ちが介在する歌詞。この気持ちの満ち引きがうますぎます。

 「形のくずれかけたローファーを直した」という歌詞にある通り、1985年当時は雑誌メンズクラブでも特集が組まれるほど、アイビールックの全盛期でした。千里さん自身はすでに上京された時期だと思いますが、当時の神戸にもコインローファーを履いてこの曲を聞いていたワカモノがたくさんいたに違いありません。


・バンドをつくろう

 清水さん…というより、佐橋さんの匂いを感じずにはいられない元気いっぱいサウンド。曲の構成上、ギターもドラムもアレンジが入る余地がないはずなのに、「スネアを張り替えて」の後に思いっきり遊んでるのが、ちょっぴり切ない歌詞なのエッセンスになっています。

 佐橋さんは、このアルバム『乳房』の発売年である1985年にデビューする、渡辺美里さんのプロデュースを後々に手がけることになります。この曲は、渡辺美里さんのその後の方向性の片鱗を見ているような気持ちになります。実は、渡辺美里さんのデビューアルバム『eyes』も、千里さんと美里さんが同じ事務所(CBSソニー)に所属していたというともあり、ほとんど『乳房』と制作陣が同じなのです。さらには、千里さんがこのアルバム『eyes』に『悲しいボーイフレンド』という楽曲を提供しています。『eyes』も聴けば『乳房』が2倍楽しめるはず。


・六甲GIRL

 このアルバムが出た4年前の1981年は、神戸でポートピア81’が開催されたことに発し多くの”神戸ソング”が誕生しました。特に有名なのは、松任谷由実さんの『タワー・サイド・メモリー』。これもポートアイランドまで車を飛ばす歌詞ですが、やはり『六甲GIRL』も車でデート。そしてなんだかビュンビュン飛ばしてそう(笑)やっぱり当時の世間のイメージは、神戸=車なのかしら。。ユーミンの「タワー・サイド〜」と「海を見ていた午後」(横浜の歌)と比較しても、神戸の女性は、当時からミーハーに捉えられていたような気がします。この歌詞も、状況は「木綿のハンカチーフ」と同じなのに、女性に悲壮感がない。それがまたいいところ。

 アップテンポな曲の中にジャジーなピアノが入るところも神戸らしさをアップさせてグッとくるポイントです。

 ジャズ…当の千里さんは、神戸も東京も離れ、アメリカ・ニューヨーク・ブルックリンで暮らしていますね。「胸を焦がし、NYに恋をし、魅せられて」*と綴っています。彼の名前は「1000個のふるさと」*と書くように、その場・その場を故郷と思って暮らす姿がいいのかも、なんて思いを馳せてしまいます。

 (*『ブルックリンでジャズを耕す(2018年)』より)


 大江千里さんが日本で活躍していた年代の音楽といえば、この頃はシティ・ポップの再評価が著しいです。シティ・ポップ関連の書籍や再発売のレコードにあふれ、少し飽和状態だと感じてしまうことも。しばしば、販促に作られたグッズや「聞きやすくする」ために作られたガジェットに目がいってしまい、「音楽を聴く」を忘れてしまいそうになります。

 そんなとき、大江千里さんの歌詞・曲によって、歩んでいた足がふと止まります。その場に立って「聴く」、そして歌詞を「かみしめている」自分にハッとしました。そんな感覚に回帰した気がします。

 素晴らしい機会を与えてくれたハワイレコードさん、ありがとうございます。またなにか書きものの企画があれば呼んでください。

(くろみく)

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*当ページはotonano様のサイトとは関係ありません。
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