損と得

90年代は 私の人生で 最も旅をした時期だった。
旅の目的は 波乗りだった。
波の条件によっては 滞在が何ヶ月になることも  
ざらだった。
ヤングエグゼクティブという言葉が 雑誌に頻繁に
使われ始めた時代でもあった。
サーファーは 波を追いかけるから 旅をしていると 
同じ顔ぶれに 再会することが多々ある。
私のように 長期滞在型の旅をするサーファーが
ある時 こんなことを言った。
「君だって 他の会社員のように仕事をしていたら
いい車にも乗れるし アルマーニのスーツだって 
着れるんだよ。でも そうすると 俺たちのように
自由に 波を追いかけることは できなくなるんだよ。」
今でこそ インターネットがここまで普及し 在宅ワークが可能になり 仕事をしながら 自由に旅をすることができるけど 当時はまだ ホットメールが ようやく出てきた辺りだった。
どちらの人生が いいかどうかは あくまで 本人が
何を求めているかによる。
そして そのように生きていることで 本人が幸せで
物資的 あるいは 精神的に 満たされているなら 
それに 越したことはない。
損をしない生き方には 計算が伴う。
人や物の価値を 数字に置き換える。
けれども 人や物の価値は 数字に置き換えれない
部分も存在する。
そうすると 損をしない選択が 実は 別の面では
損だったりする。
単純に言えば 安物買いの銭失いが そのいい例だろう。
アメリカに トヨタファンが 多いのはそういうことだ。
昨年暮れに プリウスから 4runnnerに 乗り換えたら
知人曰く 「それが 人生最後の車だね」だって。www
確かに 今から 30年乗るとしたら 私は 87歳だ。
車は健在かもしれないけど 私はあの世かも知れない。
トヨタ車は 他社に比較すると 価格の面では かなり割高だ。それでも 売れ行きがいいのは 品質を重視する 消費者が多いからだ。ディーラーによる 買取価格も高い。
だから どこを見るかで 損か徳かは 変わってくる。
そもそも 損など この世には 存在しないと 私は
思っている。
昨日の noteに ひとたま$10の キャベツの話しを
書いた。そのひとたまが 家族全てを養うのなら
損ではないのだと思う。
それとも 遠くの店まで 時間とガソリン代をかけて
$9.95の キャベツを探しに行くのだろうか?
そして 見つけたとき 得しちゃったと 思うのだろうか?
その 得した 5セントで 何をしようというのだろう?
ひとたま$10でも それが 家族や農家の人や 販売店
の人までを 養っているのなら それで いいんじゃないかな?
私たちは 高いものと 安いものを見たときに 安いものを選ぶように プログラムされているのだと思う。
だから 自動的に数字を比較し 安い方に手を伸ばす。
そうすると 安く生産するために あらゆるところで
無駄と思われることを 省くことになる。
日本の とある市が 学校給食を作る施設で どれだけ コストカットできるか 専門家に聞いたのだという。結果 8割の職員を退職させ 設備投資に回すと
利益が大きくなるという結果が出たという。
さすがにその市は 8割は悪評を買うと 実行に移さなかったらしいが その専門家に 直接会ったとき
どこか 人間性が欠けていると感じた。
日本は今や 発明大国になり 便利商品で 溢れているが 不便に慣れた私には 不必要だと思えるものが多い。細かい配慮が 日本人特有のものだということが 
そうした商品開発に 顕著に現れているのだが 便利さを 求めるがあまり 人を蔑ろにしないことを 願っている。
一般家庭が 一生懸命 省エネに力を入れているのとは逆に 余剰電力を他国に売って 儲けてる人がいたとしたら それも 甚だしい。
誰かに損をさせて 得ずとも、得をさせることで
得をする 生き方を選びたい。




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