歩くを支える運動療育
はじめに
あるきはじめが遅い、すぐこけるなど、お子さんの「歩く」ということに関しての悩みは比較的多く聞かれるものです。
今日はそんな、「歩く」ということに対する悩みを軽減するための運動療育を考えていきましょう。
「歩く」土台をつくる
歩くまでには画像のようなマイルストーンが存在します。
寝返りで体幹まわりを鍛え、お座りで重力に対して姿勢を保持する能力を養います。腹ばいやずり這いを通して移動すると自分の欲しいおもちゃや、お母さんのところに近づくことができることを学習し、より効率的な移動を求めて、ハイハイ、つかまり立ち、伝い歩き、歩行へと進化していきます。
ハイハイの重要性について
これらすべての動きは、次の動きにつながるための大事なものです。
しかし最近では、座りが不安定な時期から座らせることができる椅子や、まだ立てないうちから身体を支えて歩くことができる歩行器なども、一般的になってきました。
全てが悪いとは言いませんが、頼りすぎると必要な運動を経験せずに成長していき、十分に感覚や運動、反応が成長しない場合もあります。
特に、ハイハイに関しては重要な運動です。
ハイハイは、手足の力を使って身体を持ち上げながら前に進んでいくので、全身の筋力や持久力が鍛えられます。
はじめは手と膝を使って前へ進んでいきますが、より効率的になると足の指で地面をつかんでさらに前に進む力が強まります。
足の指を使う前に、つかまり立ちや伝い歩きに発展していくことはよくありますが、最近ではハイハイが全くない場合や、あってもごくわずかな期間だった、ということも増えているようです。
ハイハイをすることによって、股関節まわりの筋肉が鍛えられることが、その後の運動発達にとっては重要です。
特に股関節の後ろ側の筋肉(大殿筋)、横側の筋肉(中殿筋)はどちらも歩行の安定性、推進力にとって非常に重要です。
そして足指を使ったハイハイでは、ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)、脛の筋肉(前脛骨筋や後脛骨筋)が鍛えられます。
これらの筋肉も、歩行の安定性、推進力にとって重要な役割を果たしています。
特に後脛骨筋、これは非常に細い筋肉ながら、足裏から脛の方にグッと骨を持ち上げて、土踏まずを作っている筋肉です。
最近ではよく、子供の偏平足が問題になりがちですが、歩きの弱さや課題点が見られるお子さんは、おおよそ偏平足で、この後脛骨筋の力が弱く、足首でバランスを取りにくい、土山を登れないなどの課題が表れます。
歩き始めの赤ちゃんの歩き方
歩き始めの赤ちゃんは、足をピンと伸ばして、よちよちと歩きます。
これはまだ、歩行の効率性というより安定性をとっているためです。
歩行は、片足立ちの繰り返しですから、不安定性の中で前に進んでいく必要がありますが、まだそこまで足腰はしっかりしていません。
人体の中で最も大きな筋肉は、太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)です。
このヨチヨチ歩きの時期には、大腿四頭筋で膝をピンと伸ばした状態で足から身体をまっすぐに保っている状態です。
目指すのは、よちよち歩きから、てくてく歩きです。
股関節がしっかり左右交互に前から後ろに動き、ひざは適度に曲がりながら着地の時にはクッションの役割をして、振り出すときにはひざを曲げてつま先が地面につかないように補助をします。
特に歩きの療育に重要なのは、
①着地の時のひざの曲がり
②曲がった状態から膝を伸ばして身体を持ち上げる動き
③股関節を後ろに引き延ばす動き
が重要です。
①着地の時のひざの曲がりを鍛える
着地の時のひざの曲がりは主に大腿四頭筋の、遠心性収縮という力の使い方で行われます。
少し聞きなれない言葉ですが、筋肉の動かし方には3種類あります。
1.求心性収縮…筋肉が縮む(短くなる)方に力が入る
2.遠心性収縮…筋肉が伸びる(長くなる)方に力が入る
3.等尺性収縮…筋肉が伸びも縮みもしないように力を入れる
というものです。
たとえば求心性収縮は、ダンベルを上に押し上げる動き、遠心性収縮はダンベルをゆっくりと肩の方までおろしてくる動き、求心性収縮はダンベルが下がらないようにその場にとどめておく動き、というと想像がつきやすいかもしれません。
歩き始めのヨチヨチ歩きでは、大腿四頭筋を縮むように力を入れ、膝をピンと伸ばします。
より効率的な歩きを獲得するには、着地の時に膝を少し曲げ、衝撃を吸収する動きが必要ですが、これを行っているのが、大腿四頭筋の遠心性収縮、筋肉が伸びるように力を入れる動きです。
しゃがむ運動
大腿四頭筋の遠心性収縮を鍛えるためによく使うのが、しゃがむ運動です。歩き始めのお子さんはしゃがむのが難しく、ひざがピンと伸びたまま手をついたり、ドスンとお尻から座り込んでしまうことも多いです。
ですので、あえて台や床の上におもちゃをおいてとらせたり、落ちたものを自分で拾わせることで、しゃがむ動きを鍛えていきます。
はじめは少ししゃがめば手が届くような位置の台に置き、徐々に低くしていって最終的には床の物をとれるようにしていきます。
ジャンプ
ジャンプもよく使います。まだ膝の動きが弱いお子さんは、ジャンプをする際に少し膝を曲げることができません。
トランポリンなどを使って、上下に揺れる感覚を繰り返したり、抱き上げて着地をするときに膝を少し曲げて身体を支えることができるように誘導していきます。
ある程度ジャンプができてきたら、台の上から飛び降りて、着地をする練習をします。はじめは膝が折れてしまい、手をつくことが多いですが、次第に手をつかなくても踏ん張ることができるようになっていきます。
②曲がった状態から膝を伸ばして身体を持ち上げる動きを鍛える
膝を伸ばして身体を持ち上げる動き、というと膝を伸ばすから大腿四頭筋!と思われるかもしれませんが、実はその筋肉がメインで働いているのではありません。
大腿四頭筋ばかりが活動してしまうと、図のように膝を伸ばしすぎる状態、いわいる反張膝という状態になります。
大腿四頭筋が股関節の前側から膝下までついていることを考えると、その筋肉が求心性収縮をして縮む方向に向かうのですから、膝は確かに伸びるのですが、股関節も曲がる方向に動いてしまいます。
効率的なてくてく歩きでは、股関節は曲がる方向ではなく伸びる方向に向かいたいのです。そして重心を上の方に持ち上げないといけませんので、求心性収縮という筋肉が縮む方向の動きによって強力に身体を持ち上げなければいけません。
そこで活躍するのが、大殿筋(お尻の筋肉です。)
大殿筋は骨盤から、太ももの骨の裏側につく筋肉で、かなり大きい筋肉です。その筋肉を活躍させ、重心をグッと持ち上げます。
そしてもう一つ重要なのが、下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉)です。これも同様に裏側についている筋肉ですが、膝やふくらはぎの後ろ側から足の下の方に筋肉がついています。
股関節では大殿筋が、膝周りや足首まわりでは下腿三頭筋などが収縮することによって、膝が伸びてかつ股関節が伸びる方向に運動が起こります。
ハイハイやくま歩き(高這い)をさせる
歩けるようになっているお子さんでも、先ほどの股関節まわりや足首まわりの筋肉を鍛える目的で、ハイハイやくま歩き、ワニ歩きなど、様々な”這う”運動を行います。
平地をそのまま競争するように繰り返し這う運動も良いですが、マットや台などを組み合わせて”お山”を作り、上り下りさせるのも楽しいです。
ハイハイでお山を登るときには、足指でお山の斜面をとらえて上ることができるように補助します。
出来るようになってきたらくま歩きでも挑戦します。さかみちをゆっくり下ることも、いいトレーニングになります。頂上で反対を向いて、足から降りていくのもよさそうです。
そのほかにも、トンネルをハイハイで進んだり、しゃがんで進むなども効果的です。
楽しく進めることができます。
立って歩いてお山を上り下りできるようになってきたら、ある程度必要な筋肉がついてきたなと判断できます。
横転も効果的
横向けにごろごろ転がるのも、体幹まわりを鍛えるのに有効です。
こちらも、平地をごろごろしながら、回転する感覚や、あおむけからうつ伏せ、うつ伏せからあおむけになるときの回転するための筋肉をトレーニングできます。
さらに、先ほどのお山の高さを低くしてつなげておけば、坂道を転げおちるときにはすべり台のような感覚が楽しめますし、坂道を上るときには平地よりも回転するための筋肉をより多く使うので、さらに筋トレ効果がアップします。
階段の上り下り
高さの違う台や、実際の階段を使って、階段の上り下りの練習をするのも非常に効果的です。
歩くよりも、お尻の筋肉やふくらはぎの筋肉を使い、身体を上に持ち上げたり、ゆっくり重心を下げたりという運動を行います。
背伸び、つま先立ち
背伸びやつま先立ちでも、大殿筋や下腿三頭筋を鍛えることができます。
少し高い机の上におもちゃをおいて、背伸びをしながらあそばせたり、微細課題をさせたりします。
座らせてじっくり微細課題をするのも良いですが、立って背伸びをしながら行うと一石二鳥です。
③股関節を後ろに引き延ばす動きを鍛える
重心が上に持ちあがったら、今度は股関節を後ろに引き延ばす動きを鍛えていきます。
なぜこの動きが必要かというと、ヨチヨチ歩きの時には股関節の前側の筋肉、腸腰筋というものを利用して、よいしょ!!という風に一生懸命足を前に出します。
大殿筋と見比べて、腸腰筋という筋肉は非常に細く、また力も弱い筋肉です。
大殿筋は先ほどの、身体の重心を上の方に持ち上げるための役割を果たしていますので、相当なパワーが必要です。そのため、進化の過程でこのように大きくなっていきました。
お尻を側面からみるとわかりやすいですが、後ろ側の大殿筋はポッコリしているのに対し、前側の腸腰筋はペタンとしています。
つまり、歩行にとって腸腰筋は、「よいしょ!!」と無理に力を入れて動かすほどの筋肉ではないということです。
ではどのようにして、足は前に出るのか。答えは、後ろに引き延ばされた後、伸びた腸腰筋が元に戻ろうとする力、つまりゴムが「パンっと」伸ばされた後に縮む原理を使って、足を前に運び出しています。
初めの1歩や、ゆっくり歩き、歩幅の小さな歩きでは腸腰筋を使って足を前に運ぶ動きが使われますが、長距離を歩いたりする場合には、伸びた筋肉が戻ろうとする力を使って足を前に運びます。
ですので、股関節をしっかり後ろに引き延ばす、ということが、足を効率的に前に運ぶために重要になってきます。
はや歩きをさせる
股関節を引き延ばして歩くため、手をつないだりフラフープの中に入れて、フラフープを持った状態で大人が後ろから押したりしながら、はや歩きをさせます。その中で股関節が十分に後ろに引き延ばされるように誘導し、そして速さもできるだけ早く、その子がついてこれる限界の速さくらいで行います。
少し難しい概念ですが、人間の脳、脊髄には神経反射のレベルで「歩く」ということが組み込まれています。
ある引き金を引くことによって、足を交互に前後させるように勝手に神経回路が動くのです。
生後間もなく、首が座るまえに、両脇を抱えて少し前かがみにしながら足裏を地面に着け、少し前に進むようにすると、足が交互に前に動きます。
これを自動歩行反射、または原始歩行とも言います。
これは、脊髄にある足を交互に出すという回路のスイッチが押されるために起こる反射で、次第に足裏への刺激だけでは起きないように、隠されていきますが、一定の条件を与えると復活します。
それは、
①しっかり立って股関節に荷重がかかっていること
②股関節が後ろにしっかり伸びること
③股関節の前後運動が早い動きで繰り返されること
です。
それを意識して、なるべく早く、かつ股関節を後ろに引き延ばしながら歩かせます。
横歩き、後ろ歩きをさせる
一方で、早く大きく足を出すことは、不安定さも産みだします。
歩幅が増えれば増えるほど、片足立ちをしている状態は長くなります。
片足たちをさせても良いですが、1-2歳のお子さんにはなかなか難しいです。
ですので、先ほどのフラフープ歩きの中で、横向けに歩いたり、後ろ向きに歩いたりをしながら、安定性を高めていくように関わっていきます。
そのほか、今までにご紹介した方法を実践していくと、じっくりゆっくり、バランス能力は向上していきます。
歩くのが遅い、転倒が多いとなると心配になりますよね。
そしてある意味、運動の発達は「歩く」ということが目標のようになっていて、そこから先にどのように展開していけばいいのか、見通しが持てずに不安だ、という声はよく聞きます。
この先、さまざまな遊びや運動を楽しむためにも、焦らず、じっくりと土台を固めていっていただきたいと思います。
ご参考になれば、幸いです。
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