見出し画像

パートナーがセラピストだと思ってみると深い癒しと許しが訪れて自由になるというお話。

この記事は、2月7日に配信したメールマガジンの転載です。


先日Facebookにてパートナーシップについてのことを書きました。

すごく反響がありましたので、メルマガでは少し加筆したバージョンをお届けしたいと思います。


▼Facebookの投稿はこちら


パートナーシップってなんだ?
そもそも何のために、
パートナーシップってあるんだ?

っていうか、
彼氏彼女夫妻パートナーって必要なんか?(笑)

と考え続けた1ヶ月間でした。(実は年始に、わたし自身がパートナーと関係を解消したことがきっかけです。)


今の結論。


パートナーはお互いにとって
二番目のセラピストである

ということ。


一番のセラピストはもちろん、自分自身です。

その次にパートナーの存在がセラピストになる。


順位は効力。

つまり、パートナーは互いにとって効力の強いセラピストであるということなんです。


だから、恋愛や夫婦関係、パートナーシップの問題って
ゴールはいつも“許し”。

どんな問題も
どんな喧嘩も

ほんとうは、“許し(愛)”という
ゴールに突き進んでいる。


そう捉えてもらうと

人間関係、特に恋愛パートナーシップ関係の問題がもたらしてくれる本質的な変化をすることがあるのでいい感じに変わって、後を引かない。
同じパターンも繰り返しづらくなります。

画像1


互いにセラピストであるということはつまり

時には相手の深い部分に関する、癒しの必要な部分を無自覚的に刺激してしまうわけです。お互いに。

普通の人間関係だとどうでもいいってことが
パートナーシップになると感情的になる、なんてよくあることですよね。


友人なら許せるのに、
パートナーだと、許せない、とか(笑)


セラピストとしての効力が強い分、相手を許せない出来事をきっかけにして
何年分もの膿を出していたりもします。


相手に吐き捨てたいセリフは
何年もの間、自分に吐き続けていた言葉だし


言って欲しくて
やってほしくてたまらないことは
何年もの間、自らやることを
我慢してたこと。


もし、相手に自分を大切にしてほしい!
もっと自分に興味を持ってほしい!

と強く願い
それと同時に叶えてもらえていないと強い不満を感じるならば


あなたが何年もの間

”自分自身に興味を持つ”ということや
”大切にする”ということを
我慢していたことになります。


”自ら”というのがポイント。

必要に迫られて、ではなく

必要であってもなくても構わず自分を大切にする。


自分を愛して大切にしてあげたら人生がうまくいくから・・・とかじゃなく。理由なんてなく、無条件に。



そんな風にイメージしてもらえればと思います。

相手もあなたのセラピスト
あなたも相手のセラピスト



感情的すぎて辛い時が誰にでもあります。

そんな時はどんな言葉のアドバイスも逆効果だから、パートナーは寄り添うセラピストに。


人としての進化や成長や、古いものの手放しのために抑圧された感情を出す必要があるなら・・・

そんなときは、ちょっとの間だけ“恨まれ役”のセラピストになるかもしれません。


もちろん、お互いにね。

パートナーは実にいろんな姿のセラピスト役をするんです。本人の自覚さえ、ないところで。


画像2


誰かとパートナーシップを築くということは人生において必要不可欠だとは思いません。誰かがいないと満たすことのできないことに執着するのも、結局は自分を苦しめることになります。

それに、自分では満たせない欲求なんていうものに人生しがみつく必要はない。わたしはわたしの欲求を、ハンドリングしている(という安心感がある)



じゃあ、自分自身でいつも自分の最高のパートナーでいると決めた人にとって、自分以外の存在でパートナーって必要なんか?


と考えることになったわけです。


個人的な結論はやはり、必要不可欠なものではない。


だけど、パートナーの存在というのは自分一人でいては見れない世界を教えてくれる存在なんじゃないかな、って思ったんです。


わたし自身も、いつも深い癒しはパートナーをきっかけにして、でした。


相手を通して見たことも感じたこともないような自分と出会い、


その度「わたしはこういう人間であるべき」を手放して、自分を自由にすることができた。


嫌なことされたり
嫌なことを言われたり
望んでいる風にしてくれない

そんな時。

パートナーが今いる人は、その相手があなたにとってのセラピストであるという視点を持って見ると、全く違う気づきを得ます。


相手によってあなたに出てきた感情や反応を相手のせいにするんじゃなくて(したくなるけど!めっちゃしたくなるけど!!!)


『セラピーがはじまった』


と思ってみると全く違う未来が待っていたりするんです。


癒しと許しと愛と自由は同じ。
あなたがそれを得た時生まれるのはナチュラルな感謝。


癒しや許しが起こると
あなたの中で愛と自由が拡大し、
さらにそれを受け取ることで
感謝のエネルギーに変わる

このようなサイクルイメージです。

ただ、

パートナーが今いない人も
あなた自身という最高のセラピストがあなた自身の中にいることを忘れないでいましょ!


時にしんどくて何ともならない時もあります。


でも、あなた自身がまだ知らないくらい

器が広くて優しくて強くて
全てを”すでに許している”部分


があなたの中にもあるのです。


そして、

誰かじゃないと満たされない感じがする
そんな心の穴こそ
誰にも決して満たすことのできない
心の穴だと知ったならば


その穴を埋める必要はなくなります。


他者によって埋めて欲しい“さみしさ”は
そのままにしておくことで
自分の魅力が際立ち、

誰かに抱きしめて欲しい“かなしさ”は
そのままにしておくことで
内側から自然と浄化が起こる。


そのままにしておくのって実は
あなたの中にいる男性性の役割で
何でもかんでも解決しようとする男性性に
少し黙って、そばにそっといてくれるだけでいいのよ、と伝えてみてください。

画像3


かなりわたくしごとですが・・・

深い癒しが起きたとき、全ての存在が自分の中にいることを実感しました。


セラピストだけではなく、

勇者もいれば老婆もいる。
詐欺師もいれば、賢者もいる。
他にももっといますw

だから、ひとつのことだけで自分の存在価値をすぐに評価できることなんて、ない。


失恋だろうが別れだろうが
失業だろうが失敗だろうが、


自分の内側には、その過去を変える未来を描ける存在がいる。

ビビリで泣き虫で怒りん坊で不機嫌なわたしもいるけれど・・・


全部が全部、そうじゃない。

ひとつずつ見つけて
ひとつずつ仲間に入れて
わたしという存在は言葉で表現できない(する必要もない)存在になっていくごとに・・・


他者評価の鳥かごから抜けて自由に飛び立つ気持ち良さを感じるのです。


自分が何者でもなく、
何者になることもなく
だけど、何者にでもなれる自由と許可がある


そんな事実に安堵感を覚えます。

そしてその安堵感はひとときのものではなく、いつもずっと心の中に腰を据えていてくれていて、わたしをわたしたらしめてくれます。



ひとりでもこれだけ気持ちいいなら
誰かと一緒にいてさらに気持ちいい
そんな世界がまた見てみたいな、

と思っている最近です。


そんなわけで、プチ報告兼ねた(笑)

パートナーシップに関するメルマガでした。



今後、こういった話はここでもやっていきますんで、ぜひご参加ください。


それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

嬉しい感想いつもありがとうございます、今日もそのまま返信で届きます。




秦由佳


もし人生が無条件に自由で豊かだったら何をするかと言われたら書く、というくらい書くことが生きる上で欠かせない人間です。10年間の集大成を大放出します。サポートは全て執筆と研究活動に使わせて頂きます