教師を目指した理由
こんにちは。
今日は少しだけ涼しい、雨~曇りの一日でした。
どんな一日を過ごしましたか?
私が教師を目指したこと、その理由を書いていきたいと思います。
目指した理由
企業を辞めた
今から約30年前のことです。
高専から企業へ就職し、東京へ住むことになりました。
20歳になりたてで、すんなりコンピュータ関係の外資系企業に採用になりました。
バブル期ということもあり、買い手市場で、ほとんどエスカレーター式に社会人となりました。
それがよかったのかどうか・・・。
就職後、2年ほどで疑問を感じ始めます。
「毎日、同じことの繰り返し・・・。」
そんな思いが芽生えていきました。
当時は、人間関係でも自分の中で行き詰っていたこともあり、だんだんと「辞めたい」
と考えるようになりました。
ただ、初めての就職ということもあり、どうするか相当悩みましたね。
そして、関西へ会社が移転し・・・
当時、阪神大震災を経験しまして・・・。結局会社を辞めることにしたのは、入社から4年ほど経っていました。
小学校教師の理由
・あこがれ
では、何をするか?
私は、私の小学校時代を思い出しました。
部活動で、ソフトボールを教えてもらったのですが、その顧問の先生にあこがれを持っていたのです。
その先生は、自分ができるようになるまで、熱心に教えてくれたのです。
どうしても捕れないボールがありました。
川で石を投げて、水切りをしますよね。水面を這うようにトントントンって。アンダースローをすると、石が水面をはねて細かい波を打つあれです。その石のように弾んでくるボールが、どうしても捕れないのです。
ショートをやっていたのですが、何度ノックを受けても、腰が上にあがってしまいます。
結果、「トンネル」するようになる。
どうしても、捕れないのです!
その先生は、何回も何回もノックしてくれました。
そして、ある日、突然捕れるようになりました
「来た!」と思った瞬間、ボールに意識を合わせずに、体重をぐっと低く抑えます。
そう、「ぐっと抑える」を会得したのです!
その瞬間のことは、40年近く経った今でも忘れられません!
達成感というのか、成就感というのか、未知を手に入れたというのか・・・
初めてできた〇〇!No.1
なのです。
今でも、最後まで一生懸命教えてくださった先生に感謝しています。
その先生に強い憧れをもった理由です。
だから、「小学校の先生」なのです。
・祖母の存在
もう一つの理由として、祖母の存在があります。
私は大のおばあちゃんっ子でした。
母が働きに出ていたため、幼いころから祖母と過ごすことが多かったからです。
祖母には大切に育ててもらいました。もう30年ほど前に亡くなりましたが、当時祖母がよく言っていた言葉がありました。
それは、
「公務員になれ!」
でした。
祖母は、自転車屋の祖父のところへ嫁にやってきたのですが、経営がうまくいかず、相当苦労したのだそうです。
豆腐を売りに、地域を歩いて回ったのだそうです。その苦労がどのくらいのものか、想像するしかないのですが、
想像を絶するぐらいだったのでしょう?
子どもも10人。(つまり、私の叔父叔母は9人!)
そういうこともあり、常々
「公務員になれ、公務員は安定してるから・・・」
と言っていたのだと思います。
幼いころから、そんな言葉を聞いていて
なんとなく、心に残っていたのだと思います。
そんな理由もあり、私は会社を辞め、小学校の教師を目指すことにしました。今から30年前のことでした。
その後、
教員免許取得へ
採用試験失敗
それでも・・・
という過程を辿るのですが、今日はここまでにしたいと思います。
今日も最後までお読みくださりありがとうございました。
皆さんにとって、明日がいい一日となりますように。
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