TODO: 鰻のゼリー寄せと煮穴子の比較
鰻のゼリー寄せという料理がある。イングランドの名物料理で、ハーブなどが入ったスープでぶつ切りにした西洋鰻、英語でいうところの"European eels"を煮込み、そのまま冷やして煮凝りとしたものである。ただでさえ生臭そうな鰻を、おそらく下ごしらえもせずに、イギリス特有の薄味で煮込んだ料理で、見た目もなんだかうぞろうぞろとしていて、なんとも食欲をそそらない感じである。テムズ川でもよく獲れたことから古くはEast Londonの名物料理で、下町の住人の間では手っ取り早い栄養源として広く好まれていたらしい。鰻の蒲焼と対称的な調理方法と外見から、日本人の間では、食材の持ち味を殺す料理の代名詞のように扱われている。
この料理を知った時、私は驚愕した。これ、煮穴子やん。
煮穴子という料理がある。関東で広く食べられている料理で、真穴子、英語でいうところの"conger eels"の一種を甘めのだしで軽く煮込み、寿司ネタにしたり、甘辛いたれを塗って焙って穴子ご飯とするものである。今どき珍しく東京湾でも釣ることができ、江戸前寿司の代名詞と言ってもよい食材である。銀座の寿司屋に行くと、溶けるような舌触りの煮穴子の握りが出てくるし、それには少し手が届かなくとも、日本橋の玉ゐに行けばふわっとした煮あがりの穴子が載った箱めしが食べられる。
東京の下町に住んでいたころ、日本料理の教室で穴子を扱ったことがあった。その日教室に向かうと、玄関の前に発泡スチロールの箱が置かれていて、夜店の金魚すくいのようなぷくぷく泡立つ装置が付いた中につるつるした細い生き物がわだかまっていた。
まさかね、と生徒たちが恐る恐る見つめる中で、なぜか今日は妙に無骨な、工務店で買ってきた長めの端材みたいなまな板を取り出した先生は、つるっと一匹穴子を掴みだして、あっという間にまな板に頭を釘づけて締め、そのまま、流れるような動きで開いてしまったのだった。いっきに食材らしくなった開き穴子はそのまま塩でもまれ、これでもかと洗われてから、味醂たっぷりと色付け程度の醤油ひとたらしだけの甘い汁で20分間煮込まれたところで、先生は言った。
「これで一晩寝かせて、明日の授業で使います。今日使うのは昨日の分。」
テレビ料理教室か!と突っ込む生徒たちをしり目に、先生は冷蔵庫から、淡色の煮汁が煮凝りとなった中で一晩寝かされた、昨日の煮穴子を取り出してきたのだった。一口味見した煮凝りには、味醂だけとは思えないような旨味があって、その中で寝かされた煮穴子はほどけそうな身が煮凝りで絶妙に保たれていて、おいしかったことは言うまでもない。
だから、他の日本人がどんだけ顔をしかめようとも、鰻のゼリー寄せは煮穴子であると私は信じる。絶対に同じだけのポテンシャルがある。
というわけで、イギリス留学の中でやらないといけないことができてしまった。なんでも、私が滞在する可能性が高いロンドンの下町は鰻のゼリー寄せを名物としているお店があるらしい。もう一つ私が滞在する可能性が高いケンブリッジの隣町は、なんと"Ely"という街で、"Ely Eel Day"なるお祭りが毎年5月の土曜日に行われているらしい。鰻のゼリー寄せに呼ばれているとしか思えない。
まずはイングランド原住民の料理方法を試してみてから、自力で煮穴子のように料れるか試してみることにしよう。寮の調理スペース広いといいな。それにしても、インターン用とかのresearch proposalも書かないとダメなのに、なんでこんな余計なことばっかりしてしまうのだろう…。
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