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刺さる日本語と苦しいコナン愛

映像作品が苦手だ。
ここでいう映像作品とは、映画、ドラマ、アニメなどの映像で見る作品のことだ。
持病になっている統合失調症を発病する前から私はそういった映像作品が苦手だった。
何故かというと、耳で聞く日本語が刺さるからだ。
どういうことかというと、例えばラブストーリーの途中で恋人と喧嘩になるシーン。「あなたのことなんか嫌い」はまだいい。いわゆる罵詈雑言的な言葉の応酬になった日には、いくら作り物だとしても自分に言われいるようにその罵詈雑言が心に刺さる。
シリアスなシーンとなれば涙を誘うような言葉が出てきたり、辛い経験を語ったりするシーンだってあるだろう。それらのセリフがすべて耳から心に刺さるのだ。しんどい。
私は自分がHSP傾向にあることは自覚しているけれど、そうじゃなくても音で聞く言葉が本当に苦手だ。
もともとおしゃべりがそこまで得意じゃなかった。何かを伝えるときは手紙や文字にした方が上手く自分の気持ちを伝えられたし、会話では上手く気持ちを言葉にできないことが多くあった。
そういうのに加えて、映像に言葉を載せられると感情移入の度合いが人よりも凄まじくとにかく辛い、しんどい、苦しいのだ。
それを自覚してから、自分には映像作品は合わない、だから見ないと決めていた。

そういうことを踏まえて、名探偵コナンが好きで苦しい話をする。
一時期離れていたのだけど、一昨年から妹が「安室くんが見たいからまた一から見る!」とHuluでアニメコナンを見直し始めた。
私も一緒になんとなく見始めたのだけど、コナンは好きでもやっぱり映像作品だもんでだんだんと苦しくなってくる。そして映画公開に伴い、これまで公開している映画がHuluで全部見れるようになった(妹は着実に全部見ている)。初期の方の映画はまだ大丈夫なんだけどやっぱりこう、心持的にだんだんとしんどくなってきているわけである。
努力はしているのだけど、この前見た「異次元の狙撃手」でもういっぱいいっぱい……。
コナン愛はある。漫画も頑張って一気に買った(漫画も苦手だからなかなか読み進められてないけど、まだ漫画の方がマシ!)。
でも、やっぱり映像作品を見る限界を私は突破してしまったのだ……。
好きなことには変わりない作品だし、妹が「映画やアニメの話しを共有したい」と言ってくれている気持ちは嬉しいしありがたい。私もそう思ってる。
でも、苦しいのだ。すごく。映像も、そこに載せられる言葉も。とっても私には苦しいのだ。
だから映像作品としてコナン愛が貫けないのなら、漫画で読もうと決めている。今は映画も漫画になっているし、各々のキャラクターのまとめ本などいろいろ出版されている。せめて、せめて映像の方は応援できないのなら漫画や書籍の方でコナン愛を発揮できるようになりたいな、と思った。

愛のカタチはきっと様々。
こうでなくちゃいけないというルールはないし、いろんな方法で作品を応援すれば良いと私は思うのです。

西桜はるう

追伸・実は漫画もほぼ読まない私。コナンに対する愛だけで、漫画は追っていけてるのだ。


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