見出し画像

29歳独身、親友の結婚に涙する。


最近、毎日のように周りで誰かが1日に1人くらいのものすごいペースで結婚している。
そんな中、私には好きな人もいなければ、彼氏さえいない。

そんな現実を自分自身あんまり意識したことがなかった。
別に一人でも事足りていたし、忙しいし
もちろん、いい人と巡り合えればそれでいいなぁなんて、なんとなーく思っていたくらい。

そんな中、私の親友が3月に結婚することになった。

あとから気持ち悪がられることがないよう、私と親友の親友概要について先に記載しておこうと思う。

・大学生時代から10年来の付き合いがある。
・お互いの歴代の好きな人、彼氏、セフレ、アプリで出会った男性プロフィールをすべて把握している。
・卒業してからは離れて暮らしているが、半年とか1年ぶりに会っても、お互いの近況を全把握しているくらい、週3~4くらいの頻度で電話。
・打合せしているわけではないのに、久しぶりに会ったときに本棚に置いてある本が一緒。
・LINEの着信のみで、それが非常電話なのか、暇電なのか一瞬で見分けがつく。
・会ったことないけど、お互いの両親が私たちが親友であると認識している。

そんな大好きで、もはや家族といっても過言ではない親友が3月に入籍をすることになったので、お祝いと、あと、独身最後の旅をしようと新年に私は彼女に提案した。

本当はどこか旅に出かけたかったのだけれど
いつものこと、なぜか親友は予定していた日の一部に仕事が重なってしまい、結局私が彼女の住んでいる関西を訪れることとなった。

骨董品好きな彼女に
選りすぐりの縁起物の骨董品(幸運の豚3種セット、バリのカエルの置物、ガネーシャの鈴など)を携えて、関西に到着して、早速サプライズすると、彼女はそれらをお気に入りシリーズの一軍として、すぐに家に飾ってくれた。

2泊3日の旅だった。

1日目は、共通の友だちに会っていっぱい呑んで食べて、そしてそのあとは電車にのらず、一緒に夜の大阪を歩いて、夜食にイケメンのお兄ちゃんがやっているたこ焼き屋さんでたこ焼き買って、2月のくそ寒い時期だったのになぜかセブンイレブンの高級なスムージーを買って、凍えながら一緒に飲んで、家についてクレイジージャーニー観て、あったかいうどん作って、それに乗せたネギがくそ辛くて、ネギだけ余って、話してたら、眠ってて、朝がきて。

2日目は、朝起きて、一緒に朝食を作って、クロワッサンサンドイッチ食べながら、関西ローカルのよーいどんみて、イタリア料理のイケメンのお兄さんが料理してて、けどそのお兄さんがいかにも30~50代の女性層に受けそうなイケメンだったから、私たちも歳をとったねって、よーいどんは視聴者層の男の好みをわかってるねって話して、散歩しようってなって、情緒あふれる下町みたいなところをずっと歩いて、社会の話して、またごはん食べて、夜は一緒に最近はまってるお笑い(ジェラードン、ロバート秋山、相席食堂など)ずっと見て、笑って、そろそろ寝ようかってなったけど眠れなくて、友情10周年記念式典を夜中に開催して、お互いの想い出や、お互いにアドバイスしたいことなどを語り合って、そして眠って

3日目の朝になった。

2日目とおなじく、クロワッサンサンドイッチを親友が作ってくれて一緒に食べているときに、なぜか急に涙が出てきた。

「寂しい。」

その感情があふれ出てきて、私は急に涙してしまった。

「帰りたくない。寂しい。」

急に泣き出した私に驚いて、私の親友は笑って写真を撮りながら

「大丈夫だよ、別に死ぬわけでもないし、私らの関係はそんなに変わらないから。」

そう言ってくれたけど

「でも、これからこんな風にお互い独身で、あほみたいなことできないし。この時間が終わっちゃうのが寂しい。
しかもなんで、私は〇子の旦那より、ずっとずっと〇子と一緒にいて、ずっとずっと〇子のこととたくさん知ってるのに、なんでぽっと出のやつなんかに〇子とられなあかんの。意味わからん。」

そう言って急に私は泣きながら怒りだした。もはやメンヘラである。

「ぽっと出、、笑。たしかに。ぽっと出やな。でも、こうやって寂しいって言ってくれる友だちがおって私は幸せだよ。」

そう親友に慰められながら、私は泣いた。
数年前、大好きな彼に振られたときぐらいわんわんと泣いた。
そのときもたしか、彼女がそばでずっと慰めてくれてて
その存在のありがたさに気づいてまた私は泣いた。

ひとしきり泣き終わって、私が帰る前に大阪天満宮によって
親友がこれからも健康で、幸せでいられるようにしっかりとお参りした。


そしてそこで二人で「がんばろうなかよし守」をおそろいで買った。

いかにも、ほんとにお守りなのかと思ってしまうほどに商売っ気の強いお守りだが、そのお守りを大事に私は今財布にしまっている。


みたいな出来事が最近会って、改めて振り返って思う。
ものすごく自己中心的だと思うが、私の涙は決して、親友の結婚を喜んでのうれし涙ではなかった。本当に寂しくて、寂しくて私は泣いた。


たぶんその背景には
29歳、周りのたくさんの友人が結婚して、新しい生活がはじまって、中には新しい家族が生まれてくる友人もいて
それはとても喜ばしいことなのだけれど、そんな友人たちといつのまにか話す話題が変わって、会う頻度も変わって、どんどん大人になっていくみんなの中で、自分自身が置いてけぼりにされているような気分になってしまって悲しくなったという事実があるのだろうなと改めて思った。

別に私は
誰かと結婚して「妻」という肩書きがほしいわけでも
子どもを産んで「お母さん」という肩書きがほしいわけでもない。

けどそうやって「〇〇」ていう名乗れる肩書きが私にはない。

それが悪いことでも、周りに遅れをとるとかそういう話ではないことはわかっているのだけれど、なぜかそれがどうしようもなくつらくて、悲しくって眠れなくなる夜が私にはある。そういう自分と向き合いながら、私は毎日を生きている。

そんなどうしようもない私だけれど
1つだけ言えることは
もちろん、今の自分の現状も、これからの未来も不安なことを考えはじめたら止まらなくなるけれど、けど、その不安に駆られて、今の別になんでもないようなことかもしれないけれど、きっと大切な幸せな時間を見過ごさないように生きていきたいなとそんなことを思った。


この旅を終えて

私はセブンイレブンでホットコーヒーを買うたびに、横にあるスムージーの機械を見て、ひどく心があったまるようになった。

どうしようもなくつらくなったとき、財布をあけて「がんばろうなかよし守」に元気をもらうようになった。


そんな小さな幸せの積み重ね。
そうやって毎日を過ごしていきたいと思う。


















この記事が参加している募集

最近の一枚

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?