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北島の温帯雨林を巡る その③〜ニュージーランドは本当に自然が豊かな国なのか?〜

その②から続く

なんでもない雑木林を保護する理由

……しかし、自然保護区に行っても二次林しか見られない、というのはチョット衝撃です。

そもそも日本の感覚だと、「二次林をわざわざ保護する意味があるのか?」と思ってしまう。日本の二次林というと(地域によってずいぶん異なりますが)アカマツ・コナラ林ですが、そういう森は珍しくもなんともなく、住宅地の裏山で簡単に観察できます。神戸のニュータウンでデリバリーのバイトをしていた頃は、帰店時にチョット遠回りをして裏道のコナラ林を通り、ヘラノキの花の匂いを嗅いだりしていました。

↑神戸市北区のニュータウンの片隅のコナラ林(上)と、その付近に生育しているヘラノキ(下)。ヘラノキはレッドデータブックにも載っている希少樹種。住宅地の片隅、なんの変哲もない二次林にも、意外と珍しい樹種は生えているものなのである。こういう森が、日本の国土の大半を覆っている。

日本において、二次林は保護する程のものではなく、ごくありふれた”風景の一部”なのです。ニュージーランドでは、どうして二次林をこうも大切に保護しているのか?この疑問を学校の植物学の先生にぶつけると、意外な答えが返ってきました。

「ニュージーランドは、今やほとんど外来植物に侵略されてしまっているんだよ。特にタウランガ郊外の植生は、ほぼ全て外来植物で構成された植生に改変されているね。この窓から向こうの丘陵地帯を眺めて、見えた樹種を言ってごらん。ポプラ、君の母国のスギやキリ、アラスカヒノキ、アカシア、ユーカリ、カンヒザクラ……ニュージーランド在来の樹木は全く見えないでしょ?
この国では、在来植物で構成された植生は本当に貴重なんだ。だからこそ、外来植物に侵されていない土地があれば、そこが二次林であろうが原生林であろうが全力で守らなくちゃならないんだよ。」

↑ロトルア近郊の湿地を貫く遊歩道。ヤナギ、ハンノキ、ポプラ、スイカズラなどが繁茂している。南半球のはずなのに、種組成は東アジアやヨーロッパの湿地帯と完全に同じ。ヨーロッパ人が持ち込んだ外来植物が在来植物を駆逐してしまっていることがよくわかる。
↑カリフォルニア原産の、ラジアータパインの人工林。

…なるほど、開拓時代の200年間で自然環境が大幅に改変されてしまったニュージーランドでは、在来の植生そのものが貴重になっている、というわけか。バイトの途中に特産樹種の観察をする、というのは、土着の植生がそこかしこに残っている日本ならではの体験だったのです。

なんでもないような雑木林すらも厳格に保護されている、と聞くと、「さすがは環境保全の先進国‼︎」と絶賛してしまいそうになりますが、これは逆に言えばそこまでしないと在来の植生が消えてしまう、ということ。過去200年間のあいだに行われた外来植物の持ち込みで、ニュージーランドの植生は計り知れないほどのダメージを負っているのです。小さな自然保護区が乱立しているのは、そういった歴史に対する”贖罪”の意味合いが強い。

環境保全の取り組みが進んでいるように見えるのは、瀕死の在来植生の延命治療に必死になっているから。決して自然の質が高いわけではないのです。


↑ニュージーランドの人口は兵庫県よりも少ない。そのため、都市化された地域はほんのわずかで、国土の大部分は牧草地か森。緑に覆われた土地の割合は、日本よりも圧倒的に高く、このことが「ニュージーランドは自然が多い」というイメージの源泉になっている。しかし、その”緑”を構成しているのは多くの場合開拓時代に持ち込まれた外来の植物。歴史が浅く、生態系の中では大きな意味を持たない植生を”自然豊かな景色”と表現していいのか、正直疑問。


ニュージーランドならではの”二次林の保護区”は、森歩きをする上でも厄介な存在です。

日本国内では、保護の対象となるのは専ら原生的な森なので、森林管理局のウェブサイトで保護林のリストを漁るか、社寺林をしらみつぶしに見て回れば、高確率で僕好みの巨木林に出会うことができました。しかしニュージーランドの場合、自然保護区に原生的な森が広がっているとは限らないので、この方法は使えません。現地でどんな植生が展開されているのかは、実際に行ってみないとわからない。

とはいえ、北海道の1.5倍の面積を持つ北島をくまなく回り、すべての森林保護区を歩き尽くす、なんてのはお金も時間も無い留学生にはどだい無理な話。

この国は、200年の歳月をかけて「森の国」から「酪農の国」に改造されてきたのです。それが完了してしまった今現在、巨大温帯林なんてもうどこにも残っていないのかもしれない。あと150年早く生まれてれば、間に合ったのに…。

そこかしこに原生的なブナ林が広がっていた日本の東北地方が、懐かしくなってきました。やっぱり母国の方が、森歩き愛好家に優しかったな…。

偶然見つけたパンフレットで

「人類初到達当時のニュージーランドの景色を探す」というのは、やはりハードルが高すぎる目標だったかな…。しばらくのあいだ、モヤモヤした気持ちで過ごしていましたが、転機は思いがけなくやってきました。

ナンキョクブナの森を探しに、ルアペフ山へ行った帰り道。Wi-Fiをゲットすべくタウポの街のインフォメーションセンターで休憩したのですが、そこに無料のパンフレットが置かれたブースがありました。その中から、ロトルア近郊の観光ガイドを取って何気なく紙面を眺めていていると、興味をそそる写真が目に飛び込んできたのです。

マウンテンバイクのコースを紹介したページで、その写真には深い森の中を走るライダーのグループが写っていました。僕が気になったのは、その背景。

かなり太く、高く伸びた幹が、コースの脇に林立しているではないか。なんの樹種だろう、この樹。幹周り6〜7m、樹高50mはありそう。サイズ感からして、只者ではありません。

写真の画質が粗くて、細かく確認できたわけではないのですが、その樹の樹皮も独特なものでした。少なくとも、ニュージーランドの田舎でありふれた外来樹種(ユーカリやダグラスモミ、ラジアータパイン)のそれとは全く趣が違います。もしやこいつら、マキ科針葉樹の巨木か?しかも、林立した幹の足元にはシダやコプロズマ(ニュージーランドに多いアカネ科の低木)などの下層植生が繁茂している‼︎

写真に写っている森が、二次林や人工林では無いことは確かです。ここは、探し求めていた巨大温帯林なのではないか。

↑フィリナキフォレストパークの位置。

キャプションを読んでみると、件の写真の撮影地は「フィリナキフォレストパーク(Whirinaki Forest Park)」という森林保護区であると判明。北島を東西に分断するフイアラウ山脈(Huiarau Range)の奥深くにある森で、ロトルアからの距離は約120kmほど。地図で見たら、さほど遠くありません。

しかし”Whirinaki”とは、マオリ語で「斜面」を意味する言葉。相当に山深い土地であろうことは、容易に想像がつきます。綺麗な道路は期待できないだろうなあ…。でもそういう僻地って、原生的な森が残りやすいのではないか。

マウンテンバイクコースのパンフレットを見て森歩きの目的地を決める、なんてのは初めての経験ですが、これもまた何かの縁。他に良さげな場所も見つからなかったので、思い切って現地に行ってみることにしました。

その④へ続く

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