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あ、マッチした。

 久しぶりに旧友と笑い合い、あっという間に帰路に着いた。三十分前に飲んだサワーのアルコールがまだ残っている気がする。
 歩きながら、今は春とも夏ともいえぬ曖昧な時期だと思った。立夏はまだ少し先で、夜風は涼しく心地がよい。

 旧友との久しぶりの再会を果たしたというのに、私の言うことは以前とちっとも変わらなかった。

『彼氏ができない!』

 何年も同じことを嘆く私。
 そんな私を見て、彼女はマッチングアプリを勧めてくれた。

 正直ノリ気ではなかった。
 アプリの人に自分を売り出す覚悟も、勇気も、私にはちっともない。

 しかし、アルコールというのは本当に怖いもので、いわゆる“その場のノリと勢い”で私はアプリの初期設定を酒の席で済ましてしまったのだ。

 彼女とあーでもないこーでもないと言っている間は楽しかったが、一人になるとやはり心細かった。実際こうしている間にも、知らぬ人からの“イイネ!”の通知が届いている。

 こういうとき、自分の振る舞い方はさっぱり分からなくなる。

 慣れている人ならよいが、私は本当に何も分からない。右も左も分からないどころか白か黒かも分からない。
 人を好きになるっていったい何…?

 さらに悪いことに、自分の疑り深い性格が出てしまった。この人とマッチしてもいつか騙されるんじゃないかという不安がずっと渦巻いている。それはもう無限に。悲しいくらいに湧き出る。

 無理だ。

 ふと思った。それはそう。
 私はこの“イイネ!の人”に会ったこともないし性格も知らない。ついでに言うとこの人は存在しているのかも定かではない。

 なんだかこの状況に疲れてため息をつく。
 私も“イイネ!の人”になれば強くなれるのかとなんとなく思った。


 見上げた空に星は見えなかったけれど、目を戻したら交差点を渡る人と目が合った。その瞬間に私は思うのだ。

「あ、マッチした。」

 できることならこういう人とマッチしたかった。でもそれは限りなく無理だと分かる。きっとこの人はマッチングアプリには登録していないだろう。

 すれ違う人々。ほんの一瞬しか視界に入ることのない人々のなかに、自分と腹を抱えて笑い合えた人は一体どれくらいいるのだろうか。


 我に帰る。空想癖が直らない。

 ともかく私は、この関係性で甘い期待も淡い期待もしないと決めた。

 その瞬間、人がこわいと怯える私に、私はやっと気づいたのだ。


 立夏はまだ少し先。夜風が涼しい。たったこれだけが、私が分かる世界のすべてだった。

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