洗濯物の波と、看護師の瞳と【「クリームイエローの海と春キャベツのある家」&「ナースの卯月に視えるもの」雑感を綴ります】
ヘッダーがつぎはぎのようで💦お目汚しをまずはご容赦くださいませ。
せやま南天さん著『クリームイエローの海と春キャペツのある家』、秋谷りんこさん著『ナースの卯月に視えるもの』、御作二冊の拙い雑感を綴りたく思います。
以下、出版日逆順で、まずは秋谷りんこさん『ナースの卯月に視えるもの』。
裏表紙解説にも記されているように、主人公の卯月は、とある特別な眼を持っています。それゆえに引き起こされていく出来事と、それに翻弄されていく人物たち。
ミステリーに属する本作、その謎解きも興味深いところではありますが、私が強く感じたのは(卯月の)無力感です。医療ドラマ、看護師という職業と舞台において、人の生死は常につき纏い、人智の外側にその定めと最期が座するのだ。そう思うのです。
私事になりますが、私も昨年晩秋に老父を見送りました。一両日で慌ただしく旅立った彼の人に、浮世の我々はただ瞑目することだけが、唯一できたことでした。
救急隊員の方が仰った「この度は力足らずで誠に申し訳ございません……それでは失礼いたします」と、ストレッチャーから手を離さずに告げた言葉。語弊を怖れず綴れば、こうしたことが日常茶飯事であろう隊員の方のご心境には、悼みの心が確かにがありました。卯月にもそうした感情を、私は抱くのです。
続きまして、せやま南天さん『クリームイエローの海と春キャベツのある家』。
洗濯物。これは洗うことも大変ですが、それを干すなどして竿に掛けること、そして乾いた洗濯物を取り込みしまうこと。これが中々大仕事です、家事労働の。それを 洗濯物の海 と表現した、せやまさんの言語センスがまず光ります。
小さなできごと、少し大きなできごと、喜び、焦り、そして笑い。様々な波に揉まれ、それを乗りこなしていく津麦、真子をはじめとする磯野家の人々。
ああ。これでいいんだ。
いや、これがいいんだ。
そんな声が聞こえてくるように、私には感じられるのです。それは登場人物たちの声と、読者である私たちの声が重なった合唱でもあるのかもしれません。
等、背景も登場人物の置かれた状況も、全く異なる二冊。この二冊=二作がnoteの創作大賞より出版されたことに、私は偶然ではない意義を感じます。
それは
どんな人でも悩み迷い、時には絶望もする。けれど、そこから一歩踏み出せば、笑顔を忘れなければ、きっと人生という名で呼ばれる道には光が差すのだ
ということを、私たちに伝えてくれているのだ、と言うことです。
多くの方々、読者の胸を打った二作ですが、もしまだ未読の方がおられましたら、まずはお二人のnoteをご覧になってみてください。
そこから、あなたの読書という名の旅が始まるでしょう。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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拙稿をお心のどこかに置いて頂ければ、これ以上の喜びはありません。ありがとうございます。