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何が真実で何が嘘か 珠玉のミュージカルへの序章 『イリュージョニスト』

2021年1月29日、私は最高に緊張して吐きそうになりながら、仕事を半休にして日比谷の日生劇場を訪れた。

1階前方の自分の席を探して座り、上着を脱ぎ、荷物を置きながら立ち上がって、舞台を背にまだ人もまばらな座席を、劇場の天井を眺めた。三浦春馬くんが観たかもしれない、いや、絶対に観たがったであろうその景色を目に焼き付けたくて、満員の観客席と拍手喝采を想像してみた。

ミュージカル『イリュージョニスト』は、主演の三浦春馬くんのことだけではなく、さまざまな困難に見舞われた。「呪われてる」と言っても良いかもしれない。

しかし、コンサート形式への変更を余儀なくされても、たった3日間・5公演となっても、絶対に上演するんだという熱意のもと、幕を上げてくださったカンパニーの皆さんに、心からの拍手を贈りたい。そんな公演に立ち会えた幸運に、深く感謝したい。

これは、三浦春馬のファンとして公演を見届けに行ったはずの私が、ミュージカルの実力者が織りなす素晴らしい舞台に、魅了された日の記録である。

簡単な人物相関図を以下に貼っておく。

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1.あらすじ

舞台は19世紀末、オーストリアのウィーン。イリュージョニストのアイゼンハイムは、興行主ジーガと世界中を巡業している。ウィーンでの公演中、アイゼンハイムはかつての恋人・公爵令嬢のソフィーと再会する。

ソフィーは、野心家の皇太子レオポルドと婚約している。変わらぬ思いを確かめ合うアイゼンハイムとソフィー。2人とレオポルド、レオポルドの部下であるウール警部を巻き込んで、何が本当で何が嘘なのか、幻想的な物語が綴られていく。

2.序章

オープニングシーンで歌うのは、ウール警部を演じる栗原英雄さん。心地よい低音に魅了される。

続くシーンでは、ジーガを演じる濱田めぐみさんの、伸びやかな歌声に心を掴まれた。後からパンフレットを読んで知ったのだが、23歳で劇団四季に入ってすぐ、「美女と野獣」のベルに抜擢された実力者。私の記憶にないだけで、もしかしたらどこかでお見かけしているのかもしれない。

こりゃ、すごいものを観に来てしまったぞ。そんな予感がして、身体が熱を帯びはじめたその時、海宝直人さん演じるアイゼンハイムが、目の前に現れた。

3.圧倒的な存在感

ウール警部との会話のシーンから登場だったと、記憶している(間違いかも)。白いシャツを着たアイゼンハイムが、楽屋に入り込んだウール警部を何者かと訝しみ、誰だと声をかける。アイゼンハイムは猜疑心の強い男なのだろうか。それとも、声をかけたのは純粋に奇術師として、持ちネタのタネを守る気持ちからだろうか。

コンサートバージョンになったこの公演の中で、私の記憶にはこの、2人がセリフを交わすシーンがとても印象に残っている。何故か。歌っていない海宝直人さんに、びっくりするほど心を掴まれたからだ。理由は分からない。とにかく、アイゼンハイムが、そこにいた。

その存在感の大きさに、ただ圧倒されたのだ。

4.ソフィーとの再会・皇太子の見せ場

アイゼンハイムの公演にやってきた、皇太子レオポルド(成河さん)は現実主義者のようだ。劇中のセリフで、アイゼンハイムの演じた奇術のトリックを説明するところがあった(トリックの説明としてはハズレであることをアイゼンハイムは伝えるが、レオポルドは信じようとしない)。

皇太子の婚約者として公演を訪れ、アイゼンハイムと再会するソフィー(愛希れいかさん)。この後のナンバーで、アイゼンハイムへの気持ちと今更遅いとの思いをソロで歌い上げる。さすがに宝塚出身だけあってお見事だった。

アイゼンハイムと二人、愛を確かめ合うデュエットも圧巻だった。私がミュージカルを観た回数はそう多いわけではないけれど、実力が伴わないミュージカル俳優が何人もいるのは、分かる。そもそも声が聞こえないし、まったく心に響かない事があるからだ。

海宝直人さんと愛希れいかさん。このお二人の実力があって、心を震わせられないわけがない。愛を確かめ合う二人の情熱を感じ、胸が高鳴った。

現実主義者の皇太子。見せ場はちょくちょく出てくるのだが、成河さんは本当に急遽決まった代役だったのだろうか。嘘じゃない?と思ってしまうぐらい、癇癪もちで、猜疑心の強い皇太子を上手く演じておられた。

それだけではなく、主要キャスト5人のうち3人が劇団四季出身、1人が宝塚出身という中で、皇太子としてあれだけ素晴らしい歌のパフォーマンスを披露する成河さんは本当に尊敬に値する人だと感じた。

5.息を忘れるほどのパフォーマンス

ストーリーが後半に差し掛かった時に流れた、「The Final Act(幕切れ)」というナンバーをアイゼンハイムが歌い上げる。滑らかに耳の奥まで響く歌声、アイゼンハイムの鬼気迫る表情と汗を目の当たりにしたその時、海宝直人さんのあまりの迫力に飲まれて、私はしばらく息をするのを忘れていた。

息が苦しくなっているのに気が付いて、マスクの中で「ぷはっ」となったのは、1度や2度ではない。

これを自分の最後のパフォーマンスと決めたアイゼンハイムの覚悟が、観客席の隅々まで広がっていくのが感じられた、と言ったら言い過ぎだろうか。とにかく、適切な言葉が私の中に見つからないのが、とてももどかしい。

6.どんでん返し

何が真実で何が嘘か・・・

1-5までで詳しく書いていないことがあるため、ここでも詳しくは書けない。とにかく、最後にどんでん返しがあることだけを伝えて、ここは終わりにしておく。

奇術師アイゼンハイムは、客席に座る私たちにまでも、華麗に騙していったのだ。

終わりに

カーテンコールで真ん中に出てきて手を振る、アイゼンハイム役の海宝さん。ほんの一瞬だけ、なぜか顔が春馬くんに見えた。さっきまで私がずっとステージで観て、魅了されていたのは、まぎれもなく海宝直人さんのアイゼンハイムだったのに。背格好も似ていないのに。やっぱり、気になって観ていたんだねと、声が出そうになるのをぐっとこらえた。

帰り道、東京駅までのんびりトボトボと歩く途中に思ったのは、三浦春馬は本当にこの「アイゼンハイム」を演じられたのだろうかということ。はっきりいって、生半可な実力の人間に演じられる役ではないことは、強く感じた。

トム・サザーランドから、アイゼンハイムを演じるに値すると思われたからこそオファーがあったということに、改めて心が震えて、無念さが胸に広がる。春馬くんがアイゼンハイムで、皇太子レオポルドが海宝さんで、ソフィーが愛希れいかさんで、ジーガが濱田めぐみさんで、ウール警部が栗原さん。この布陣で、ど真ん中を任されるのが春馬くんだって?

控えめに言って、最高じゃないか。でも、出来るのか??

彼自身にも不安はあったと思う。スケジュールが詰まっていて、練習の時間も十分には取れていなかっただろう。このメンバーで自分がど真ん中に置かれることへのプレッシャーは常に感じていたと思う。

ただ、私が今まで見てきた三浦春馬は、そんなプレッシャーを前進する力に変えられる人だったと思っている。
どうして、アイゼンハイムをできなかったんだろう。何があったんだろう。

空を見上げてみた。雲の切れ間に青空が覗いていた。心で問いかけてみる。
答えは出ない。今日も、明日も、答えは出ないままだ。

ずっと、何があったのかなんて分からないままだけれど、「イリュージョニスト」に出会わせてくれた春馬くんには、心からのありがとうを贈りたい。このコンサートバージョンが世に出たことは、新しく生まれた、素晴らしいミュージカルが世界に羽ばたく序章となった。私は珠玉のミュージカルが一つ生まれた瞬間の、目撃者になれたのだ。

そして、あの日私はnoteでつながった垣さんの書かれた以下の記事を読んで、『イリュージョニスト』のチケットを取ることを決めたのだった。迷っていた私の背中を押してくれた垣さんにも、心からお礼を申し上げたい。

本当に、ありがとうございました。

いつの日かやってくるフル公演で、ちゃんとしたミュージカルとして観られるのを、心待ちにしている。

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