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天久真は「にんげん」である 『tourist』

これほど、三浦春馬さんファンとそうでない方の間で知名度に差のある作品も無いだろう。TBS、テレビ東京、WOWOWの3局横断で制作された1話完結のオムニバスドラマ『tourist』。全3話で構成され、第1話バンコク編の主人公は水川あさみさん、第2話台北編の主人公は池田エライザさん、第3話ホーチミン編の主人公は尾野真千子さん。三浦春馬さんは全話に登場し、悩みを抱えた女性たちそれぞれにかかわって、彼女たちの背中を押していく男、天久真(あめく・まこと)を演じている。

天久真の魅力は、ミステリアスで色気があるところ。危険な香りを漂わせたり、カワイイ子にはストレートにカワイイと言ってみたり、年上の女性に翻弄されたり。対峙する女性によって変わる引力が、画面越しに伝わってくる。何度も繰り返し観たくなる。

白いTシャツにジーンズ、黒いリュック。無精髭。ビジュアルにはなんの虚飾も施されてない。役者と役を隔てているのは、白いTシャツ一枚だけ。

第3話ホーチミン編が、特に良い。尾野真千子さんと三浦春馬さんの二人の間に流れる空気感が自然で、引き込まれる。旅先でたまたま出会っただけのはずなのに。一緒にバインミーを食べながら歩く場面の、楽しそうなこと。屋台で食べる2人のひとときに漂う、何気ない時間の豊かさ。浮気夫を追いかけて来たカオル(尾野真千子さん)は、天久真と2人でいる時、夫とでは共有できなくなってしまった時間を取り戻す。

バカリズムさんが演じるカオルの夫がまた、絶妙に嫌な奴なのだ。何もあんな言い方をしなくたって。なぜ心の距離が開いてしまったのか分からないけど、子どもが生まれ変わらざるを得なかったカオルに、つい感情移入してしまう。愛人(成海璃子さん)にも、「いまのカオルちゃんの姿が、未来のあなたかもしれないよ」と言ってあげたくなる。耳には入らないだろうけど。

年上の女性に対峙しているのに、天久真のほうがカオルの保護者のよう。そんなカオルに向き合っていると、気が緩むのか天久真もつい本音を漏らす。ほんの少し顔を覗かせた「素」の真を、カオルはとてもナチュラルに受け止める。

天久真は2話でも少し「自分語り」をするが、3話ではより彼の内面に踏み込んだ形になっているのも、好きなポイントなのかもしれない。

『tourist』を観ていると、天久真なのか三浦春馬なのか分からなくなる瞬間が、時々訪れる。子役の時から長く俳優をしている彼のこと。ずっと演じているのは間違いないのだが、どこかで「あれは素の春馬さんだったのでは?」と感じてしまう刹那が作品の至るところに点在している。そのくらい、彼はよくわからない人物なのだ。

天久真が彼の演じた役の中でも特に魅力的なのは、なぜか。ずっと自分に問い続けている。

「わからない人だから」だと思っている。
現時点では。

ドラマや映画の主要な役は、3行くらいで説明できそうなキャラクターであふれている。もちろん春馬さんの演じた役の中にだって、そういうものはたくさんあった。

だが、天久真は違う。シンプルすぎる服装からは彼の内面は見えない。1話と2話と3話で見せる顔が違う。「天久真はこういうキャラクター」と言える特徴的な何かは、提示されない。姉らしき人物から送られてくる葉書を頼りに、旅を続けているということ以外。

だが、にんげんというものは本来そういうものなんじゃないか。昨日と今日で言ってることもやってることも違うとか、対峙する相手によって気持ちも言うことも変わるとか。それが普通なんじゃないか。

三浦春馬さんの表現から、そんな声が聞こえて来る。

今もどこかの街にふらりと現れて、天久真は向き合う女性にいろんな顔を見せているのだろう。

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