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似て非なるもの 見下ろすと見下す ミュージカル『王様と私』

「お前は王を敬っていないのか?なぜ私より頭が高い。何人たりとも国王を見下ろしてはならん」

2024年上演のブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』で、シャム(現:タイ)王がイギリス人家庭教師アンナに放つセリフ。「見下す」ではなく「見下ろす」としたところに訳者が込めた現代性を思いながら、北村一輝さん演じる王様を劇場で見つめていた。価値観がグラグラと揺るがされる前の王は、強く気高い。

「見下ろす」を「見下す」と無意識にほぼ同義で使う王様の価値観が、国を守っていくための苦悩とともに少しずつ崩れていく。きっかけはもちろん、明日海りおさん演じるアンナがもたらした異なる価値観。王様もアンナも頑固で柔軟。ぶつかり合いながら心を通わせての「Shall we dance?」。シャムの王宮に爽やかで優雅な新風が吹き抜けてゆく。王様とアンナの軽やかなステップにただ、恍惚とするしかない。

王様とアンナが対等になったかに思われた次の瞬間、人の価値観はそう簡単に変わらないことにハッとさせられる。

ピュアそのものの王の子どもたちに色々なことを教えていくアンナは、同時にシャムのことを教えてもらってもいる。芯をしっかり持ちながらも慈愛にあふれたアンナという役に、明日海りおさん自身の持ち味が滲む。王様の感情の変化に少し鈍めなところも。

最期の時まで「なぜ私より頭が高い」とアンナに問う王様は、とてもにんげんらしくて愛らしい。跡を継ぐ皇太子チュラロンコンが、平伏の廃止を宣言する。見下ろすと見下すの決別宣言。新しい時代の賢王はきっと、シャムの輝く未来を作り上げていくのだろう。きょうだいたちや、クララホムや、アンナとともに。

古典には、愛され続ける理由がある。王様とアンナの間に生まれた、恋愛感情を超えた名もない絆。『王様と私』が今も世界中で愛され続ける理由が、少し分かったような気がした。

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