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教壇での経験が教えてくれたこと

今日は何人集まってるかな?

担当教室のドアをくぐる。

教育の仕事に携わるうち、会社にすすめられるままに、自分でも資格の勉強をはじめた。
長いことかかってようやく合格したところ、会社から、じゃあ君、さっそくその試験の講師をしてみなさい、ときた。

できるだろうか?と思う気持ち半分、こんなチャレンジなかなかないぞと思った。

それまでの私は、人前で話す仕事をしたこともなく、先生をやったこともない。しゃべることも苦手。たまたまなんとか試験に受かっただけという身で。

そんな私が人前で話さなくてはいけないのだから、それはそれはプレッシャーで、いつも自信がなくて。
自分の知識レベルの浅さがばれないよう精一杯背伸びして。
毎週、講義用のかっちり目のスーツを着込むときは、まさに鎧をつけるような気持ちで自分を武装して、いつもの私とは違う「先生」の自分に変身して、教室に乗り込んでいった。

教壇に立つと、どんなに自分に自信がなかろうと、経験や知識が浅かろうと、プロとして「先生」として振舞わなければならない。

だってそこには、期待に満ちたたくさんの「目」があるから。
当然ながらお金を払って、このオンラインの時代にわざわざ教室まで出向いて講義を聞きに来ている。
簡単な試験ではないため、かなりのハードワークが必要とされる。仕事をしながら、プライベートを削りながら勉強時間を確保して。
そして、全員が必ず合格できる保証はないのだ。ある意味大きなリスクを負っているといえる。
彼らは自分に投資をして、人生にチャレンジしようとしている。

そんな彼らを前にして、ペーペーの自分は講義するだけでいっぱいだったけれど。
たくさんの「目」を前にして、日々鍛えられた。

闘志に燃えた「目」、静かに淡々と努力を積み上げる「目」、興味深々の「目」、疑り深い「目」、理解できず苦しそうな「目」、眠そうな「目」、、講義中は、視線で会話するかのように、いろんな感情が読み取れた。

あ、〇〇君、要領を得ない私の説明に寝落ちしそうになった。ぷるぷるっと小さく頭を振っている。ごめんよごめんよ、説明下手でごめんよ。心の中で手を合わせる。
私も含めて、小さな教室にいろんな感情が渦巻いていた。

たくさんの視線は、同時に、「先生」である私を評価している。
この先生の講義はつまらない、価値がないと思えば、どんどん教室の人数は減ってくる。あまりにもわかりやすく。

私はたぶん、いや確実に、講師には向いていなかったと思う。弁舌さわやかでもなく、人気講師がやるようなおもしろい小ネタを飛ばすこともできないし、深い知識で唸らせることもできない。ただ基本的なことを、シンプルに説明するだけのスタイル。おもしろくもなんともない。取り立てて特徴のないスタイル。

だけど、たくさんの「目」を前にして、私がただただ伝えたかったのは。

大変な試験にチャレンジしているあなたたちはすごいんだよ!
毎週教室に来てるだけでえらいよ!
今は難しそうに思うかもしれないけど、愚直にやればできるようになるよ、私がそうだったように。
きっとできるよ。やってみようよ。応援してる!そんな気持ちだった。
伝わっていたかなあ。

何より、目的に向かってがんばっている彼らを見るのが好きだった。

たくさんの教材をスーツケースに詰めてごろごろ引いてくる人。
身なりにかまわず毎週同じ格好でくる男の人。勉強もやるけどおしゃれには手を抜かない女の子。講義前のルーティンがかっちり決まってる人。ライフワークかのように長年講義を受けているおじ様。資格をとって世界に羽ばたくことを夢見るキラキラ女子。

それぞれのスタイルで、自分のペースでみんながんばってる。合格をつかみ取ろうとしている。
同じように頑張っていた頃の自分を見るようでもあり、彼らの姿を見てると、なんだか自分にも火が付くような気がしたんだ。

そして純粋に、がんばっている人ってすてきだなあと思った。自分が渦中にあったときは、ぼろぼろで、世間から見たらどんなにかっこ悪いかと思っていたけど。
どんなに泥臭くても、要領悪くても、少しずつ前に進もうとしている姿は尊い。
自分には、がんばっている人を応援したい、という気持ちだけは、人一倍ある。それに気づかせてくれた講師業だった。

・・・

長年担当していた教室講座が、昨日最終日を迎えた。

昨今の状況から当然といえば当然の流れなのだが、今後は、コンテンツ配信のみの講義形態となる。つまり、直接生徒さんと会う機会はなくなる。
最後の生徒さんを教室で見送った後、さみしいような、でもすっきりした気分。

私は人前で話すことには向いてなかった。そのような存在に憧れた時期もあったけど、なれなかった。でもがんばる生徒さんの姿を見て感じて、自分の中の思いに気づくことができたから、やっぱり挑戦してよかったと思う。

これからは、動画やコンテンツを通して、がんばる人たちを応援する。そして、きっとそれは私に向いていると思うし、可能性があると信じている。

自分の中にある思いを、自分の向いている分野の能力を生かして伝えていきたい。うん、方向性が決まってきた。

これからも、講師の経験で学んだこと、そして、あの小さな教室に集まった熱気を忘れずにいたい。


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