場末のコペルニクス的転回

「あなたはもっと外に出た方がいいよ。」

丁寧にそんなことを言われたのは
久方ぶりな気がする。

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突然の呼び出しLINEは
去年末にBarで隣になった中年の男だった。
翌日の朝から撮影が入っているので、
カメラカバンを準備をして
昼から夕方にかけて飲んだ
アルコールを抜いているくらいの時間だった。

『20分で着きます。』

エアコンと加湿器を消して、
閉め忘れていたカーテンを閉めると、
決まっていたかのように
すっと着る服が決まった。

何か面白い話が聞けるかもしれない。
心の深くではそんな期待があったように思う。
寝る時間も考え、
時間としては長くて二時間だなと思い家を出た。

冬の雨上がりに肌が反応した。
ずっと確定申告をしていたからか
外は暗いにもかかわらず広く感じた。
不毛とも思える計算に整頓。
部屋にはそんな空気がぎゅうぎゅうに
詰まっていたのだろう。

たった一時間半。有意義な時間だった。

公認心理師という国家資格を持っているらしく
自然と会話の半分が
カウンセリングのようだった。
少なくとも今日はそれが心地いいと感じた。

「人と飲むより写真を撮るのが好きなら
 一度カメラを持たずに旅をしてみたら?」

『この間、島に行ったんです。伊豆大島。
 冬の島に観光客は当然おらず、
 どこに行っても一人でした。
 人の写らない写真ばかり撮っていて
 思ったのですが、
 今まで写真に人の祈りが写ればいいなと
 思って撮ってきたつもりが
 撮る行為そのものが
 僕にとっての祈りなのではないかって。
 ですからカメラを持たないで外に出るのは
 信じている神が不在の状態に近いので
 イヤなんです。』

「面白いね。
 あなたはもっと外に出た方がいいよ。
 色んな人にかかわった方がいい。
 医者や大学の先生みたいな感じに見える。
 職業で言うと講演家やカウンセラーが
 向いてる。言われない?」

『やりたいことと、
 向いていることのベン図があったとして、
 その重なっている部分のことしか
 今はやりたくないんですよね。
 退屈な人とかかわると
 疲れるじゃないですか。』

「十人と飲んで三人でも当たりを引ければ
 いいじゃない。」

『百人と飲んで一人、ですね。』

「それでもいいよ。
 つまらないと思う人をボーっと見ていられる
 術を身につけた方がいい。」

『昔ゴールデン街に頑張って通って、
 成果ゼロだったのがトラウマです。』

「出会いなんて賭けだよ。」

『お金が発生していればできるんですけどね。』

「SNSでもいいよ。
 もっと大勢の人に見てもらったり
 した方がいい人間だよあなたは。」

『昔、表に出て散々やってきたんですよね。』

「俺が面白い人がいるところに
 連れていってあげるよ。
 だから次は君から誘いなさい。」

『恐れ多いです。』

「年齢とか関係ないよ。
 俺は君のことを友達だと思ってるよ。
 だから君から俺を誘ってね。」

『……はい。』

「ははっ。成長した。」


なんだかほわんとした気持ちを抱えたまま
帰り道、煙草を吸うと
いつもより美味しく感じた。

楽しかったがある種の居心地の悪さが
あったのだろう。
それは杜撰な客観性だからではなく、
自己分析しても届かない水槽に眠った澱を
棒で突っつかれて、
その棒を鼻先に持ってこられたような
そんな感じだったから。

昔は文章をたくさん書いていたなと、
そんなことを思い出したので、
手始めに書いてみたのでした。

気が向いた時に、日記のように
軽い気持ちで書いていけたらいいなと。

2024/3/9


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