銀行員の仕事   (番外編)_0__1_コミュニケーション能力

田中は、生来、おとなしく、寡黙な性格だった事もあり
コミュニケーション能力が低かった。

大学のゼミの面接で、教授から
「君は、感じが悪い」
大学の同級生から
「お前、初対面の人から、感じ悪いって言われるやろ」
入行して、住宅ローンの受付窓口に座っていた時には、先輩行員から
「田中君。家はお客さまにとって、一生に一度の買い物だ。もっと感じ良くしたら」
と言われた事があった。

田中は、ずっと無表情の仮面をかぶって生きてきた。
感情を表に出すことは、相手に自分の心を読まれることだと警戒していたのだ。

銀行の業務は多岐にわたる。
「わからないことを聞かれたら、まずい」と怯えていた為、「感じ良くする」の意味がわからなかった。

無表情の仮面は、営業マンになると、致命的な欠点となった。
訪問先のお客さまの顔が、暗いのだ。こちらが心を閉ざしているのに、買い手のお客さまが、心を開くことは無い。

銀行の営業マンは、顧客が欲しがるものを売っているのではない。銀行が顧客が欲しがる人気商品を売っていれば、顧客の方から窓口にやってくる。
営業マンなどいらないのだ。

「預金、年金、クレジットカード、カードローン」等のノルマは、基本的にお願いして獲得するものである。
 •他行の方が金利が高い
 •年金の振込指定を◯銀行にすると、
  年に1回、旅行に連れて行くサービスがある
 •クレジットカードは、約1,000円の年会費がかかる。
 •期日管理で訪問する先は、定期預金をする余裕があるのだから、カードローンなど必要ない

顧客にデメリットがある中、ノルマ達成の鍵となるのは、顧客との人間関係、信頼関係である。
日頃から、愛想良く、よく喋り、常に笑顔。顧客の面倒な手続きも笑顔で気持ち良くこなす。
コミュニケーション能力が求められる。

見るに見かねたのだろう。
人事異動で赴任してきた支店長は、ある日、
「田中君。バカになれ。アホになれ。じゃ無いと、銀行のノルマなんてやってられないだろ」と言った。

この言葉は、田中の腹にストンと落ちた。
その日を境に、笑顔で喋りまくった。
まるで性格が変わったかのようになった田中は、ノルマを達成しだしたのである。

銀行の営業マンを10年やった田中は、
タクシーに乗ったら、自分から運転手さんに話しかけるほどに性格が変わっていた。

「コミュニケーション能力、高いですね」と言われると、あの日の支店長の顔と言葉を思い出すのだった。


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