銀行員の仕事   (営業係)_5_県外店_2

翌日の朝礼終了後の、「支店長、融資課、営業課で行う融資進捗会議」で田中は、A社への1000万円の融資実行予定日が、1週間後である事を、報告した。
田中にとって、初の新規法人融資獲得となるはずだったが。。。

支店長から
「A社へは貸せない」という発言があった。田中は、耳を疑った。と同時に、頭を何かで殴られたかのような、強いショックを受けた。
「しかし、A社社長には、融資を約束してきました」
「田中君、A社の決算書の内容では、とても無担保で1000万円は無理だよ」
協議書が決済されているのだから、この場合、田中が正しい。
だが、支店長には、行員の生殺与奪権がある。誰も支店長の意見に反対しなかった。田中は、登った梯子を外されたのだ。

融資進捗会議の後、田中は、営業チーフと2人、支店長室に呼ばれた。
支店長は、A社の決算書、3期分の売掛金明細のページを机に並べてこう言った。
「3年以上、未回収の売掛金があるじゃないか」
田中は、そう言われて、初めてそのページを見た。
支店長の言う通りだった。
「A社の不良債権だ。総資産に占める割合が少なくない。つまり、A社は債務超過だ。だから貸せない。融資を断ってこい」
※支店長決済の貸出金が、回収出来ない場合、支店長責任となり、支店長の賞与がカットされる

営業チーフは、黙ったままだった。
田中は、「営業チーフからの案件なのに。何故?」と思ったが、すぐに気がついた。
営業チーフから、貸せない先を押し付けられたのだ。
A社への融資を断れば、紹介先である優良取引先B社社長の面子を潰すことになる。
営業チーフは、決算書を見て、貸せない先である事に気付き、田中に断り役を押し付けたのだ。

田中は、すぐに支店を飛びだし、A社に独りで向かった。
なんと罵られるかわからないが、一刻も早く、A社社長に、前言撤回しなければならない。

幸いにも、A社社長は優しい人だった。
「社長、申し訳ございません。今回のご融資の件、見送りになりました」
「そう、わかったよ。田中さんの顔、真っ青だったから、悪い知らせなのは、気がついた。田中さんが悪いんじゃない。気にしないで」
と言ってくれた。

その後、田中は集金、期日管理に明け暮れる日々を送った。
信用出来ない上司の下で、働くほど辛い事はない。
「県外店で法人融資の勉強ができると思っていたのに」
田中の心と顔は、支店長が異動になるまでの1年間、死んだままだった。。。

が、この後、異動で来た支店長から、「新規法人融資の獲り方、決算書の読み方」を手取り足取り、教えてもらうことになる。

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