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ドイツのフリーマーケット

私は、日本で骨董市やフリーマーケットに行く機会が、ほとんどなかった。
ドイツに来てからは、友達やパートナーに誘われて足を運ぶようになった。

デュッセルドルフでは、定期的にこのような市が開かれており、その中にRadschlägermarktという名前が付けられた市がある。
Radschlägerは、デュッセルドルフでよく見かける街のシンボルマークで、『側転』を意味している。

マンホールも、このデザインが採用されている

写真の通り、二人(子供)が側転している姿なのだが、なぜ側転がデュッセルドルフのシンボルマークになっているかという理由は、各種あるようだ。

1288年、ウォリンゲンの戦いでケルン大司教に勝ったアドルフ伯爵。
その結果として、デュッセルドルフは市として認められる事になった。
その際に、市民、そして子供たちは喜び、側転してその喜びを表したという。

そして、後の19世紀から20世紀にかけ、デュッセルドルフでメッセ(見本市)の前身のような大規模な催し物が始まった際、集まった人々を前に、子供たちが側転をしてお小遣いを稼いだという話もあるようだ。

このように、デュッセルドルフのシンボルマークが、喜びを表現するマークというのは、何とも嬉しいことだ。

このフリーマーケットは、そんな嬉しくなるような名前を冠したマーケットだ。
開催場所は、通常は花卉市場として使用されている。

コロナ禍の中は、このフリーマーケットも開かれず、再開時には、通常より多くの人々が集まったと聞く。

宝石や家具、絵画に洋服、CDやDVD、食器や植物まで、あらゆるものが売られている。

こちらは、レンガを作る時の型だそうだが、こうしてデコレーションとして売られている。

食べ物を売る屋台も多く出店され、焼きソーセージやクレープ、パンなどの軽食を食べることもできる。
いつも、ここのソーセージを食べてしまう。

一度、フリーマーケットで驚く事があった。
フランスにお住まいの日本人店主さんがいらっしゃって、日本で集めた古い本や着物、食器やレコードまで幅広く扱っていた。
初めて見るお店に、ワクワクして覗かせていただいた。
ドイツ人のかたも、日本のものに興味津々で、これは何て書いてあるの?これはどういう意味なの?と、たくさん質問をされた。

日本の文化を知りたいと思ってくださるドイツ人が、こんなに多いと分かった事が、とても嬉しい出来事だった。

最終的に、レコード、私の誕生日から数日違いの新聞を発見したので、そちらを記念に購入。

今までのフリーマーケットでの購入品。
オランダの家を模した置物、鍵、小物掛け。

切り絵
制作年は、1918年となっている。
とても綺麗で、一目惚れしてしまった。


アルブレヒト・デューラー
うさぎ

値引きをお願いしていないのに、売り手のおじさまが、かなり値を下げて下さった。
デューラーは、おじさまが好きな画家の一人なのだそうだ。
こうして、売り手のかたとのおしゃべりをするのも、フリーマーケットの楽しみの一つかもしれない。

私は、この絵を始めて本で見た時に、あまりの繊細さに、しばらく目が釘付けになった。
そして、ウィーンで本物に出会えた時、嬉しくて鳥肌が立ってしまった。

この絵は今、リビングに飾ってある。
とても写実的で、かつ温かさのある絵だ。

タイル
こちらは、約120年前のものだという。
二つのタイルは、同じ時期に作られたものではなく、似たものを見つけて一緒に飾っていたものらしい。

私はこの言葉が気に入って、すぐに購入を決めた。

Nur einmal blüht im Jahr der Mai.
Doch die Liebe blüht jeden morgen neu.

直訳すると、

年に1度、5月は咲く
しかし、愛は毎日新たに咲く

になるだろうか。
でも、これでは何だか愛想の無い直訳だ。

このタイルを見た時に、5月という言葉から連想する印象、生命の息吹や人々の喜びが浮かんできた。

日本で春を告げる月は、4月だろう。
入学式も4月、人々の生活も新しく始まり、一年のスタートとなる。

しかしドイツでは、5月が春を告げる月なのだ。
そして、日本の4月と同様、人々を喜ばせる月だ。

でも、その喜びを運ぶ5月は、年にたった一度だけ。
しかし愛は、毎日新たに、その喜びを生み出してくれる。

私なりに、そんな風に解釈して、すぐに気に入ってしまった。

因みに、ドイツには春を歌う民謡、Der Mai ist gekommen - 5月がやってきた - がある。
Emanuel Geibelが1894年に書いたとされている詩で、イースター時期になると子供達が歌う。

隣のタイルは、Guten Appetit。
召し上がれ、いただきます。
どちらにも使う言葉だ。

タイルを所有していたかたは、この二つをキッチンに飾っていたと教えて頂いた。
家族への愛と、料理への喜びが伺える。
このタイルは、別々にすることなく、私が一緒に所有するべきだと思った。

このタイルとフリーマーケットは、私にとって喜びを表す代名詞として、強く結びついている。

コロナが終息し、普段の生活が戻った今。
コロナ禍の生活を、つい忘れてしまいそうになる。
人との触れ合いが制限される生活、終わりの見えない何かを待っているというのは、なんと時間が長く感じられた事だろう。

また、子供たちが喜びで側転したくなる『Radschlägermarkt』が、再び開かれるようになった。

それは、またこの世界に『5月』がやってきたと、そう言えるのかもしれない。

デューラーのうさぎを見た日のこと

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