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グリム童話Ⅶドラゴン伝説

グリム童話には、それほど多くのドラゴンは登場しない。
「二人の兄弟」の中に、ドラゴン退治のお話が出てくる。
私が読んだグリム童話の中では、最長のお話だった。

二人の兄弟
ドイツ語原題 Zwei Brüder

こちらのお話から、竜に捕まったお姫様を助ける話として、短編のみで絵本ができていたりもする。
このお話の場所と断言されていないものの、毎年グリム童話祭が開かれている場所がある。

Drachenburg城
場所 Königswinter
竜の城という、少し恐ろしい名前だ。
その一帯はSiebengebirge (7つの山々)と呼ばれている地域。
私はハイキングが好きで、この山を登った。
標高は321mなので、それほど高地ではないものの、付近一帯においては一番高い山である。
朝から早起きをして、何時間もかけて登った先で、目にしたものは!

たくさんの人が、汗もかかず寛ぎ、カフェで談笑しながらコーヒーを飲んでいるではないか!
登山列車があるとは知らず、へなへなと力が抜けたのを覚えている。
当時はインターネットもなかったので、事前に気軽に調べることもできなかった。
もちろん、同行した友達は知っていたけれど、ハイキング目的なので言わなかったよと、あっけらかんと言われてしまった。

ケーキを見たら急に空腹を感じ、みんなで迷わずケーキを注文。
青空の下のケーキは、本当に美味しかった。
私達の登山装備を見た隣のテーブルのかたから、もしかしてここまで登ってきたの?と聞かれる。
はい!エネルギーを使ったので、あなたが食べているケーキよりずっと美味しく感じますよ、と答えると、豪快に笑われた。
その話を聞いた、そのまた隣のテーブルのかたも、興味津々で会話に加わってくる。

ドイツ人は、ハイキングが好きな人が多い。
森の中にはたくさんのハイキングコースがあり、本屋にもハイキング用地図がたくさん売られている。
そう言えば、一度行ったから大丈夫だと思っていた山に、二度目に行って迷ったことがあった。
そんな時に限って、誰も近くを通る人もいなくて、友達と地図を広げて、一体どこに迷い込んでいるのかと首をひねった。
今なら携帯にGPS機能が付いているし、森で迷子なんて滅多に起きないだろうけれど、懐かしい思い出だ。

ここDrachenburg城は、中世のニーベルンゲンの歌の、ドラゴン退治の英雄ジーグフリートの伝説の場所。
お城にはDrachenfelsという「竜の岩」と呼ばれている場所がある。
竜がここに隠れていたのだろうか、ここで竜を退治したのだろうかと想像してしまう。
そんな由来からか、グリム童話のお祭りが開かれているそうだ。

そんな懐かしい思い出を振り返りながら、天気の良い日を選び、私達はDrachenburg  ドラコン城を目指した。

ドラコン城があるKönigswinter ケーニッヒスヴィンターは、デュッセルドルフの南、75キロほどの場所に位置している。
私は初めて観光客としてケーブルカーに乗り、頂上を目指した。

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頂上まで、わずか7分。
何時間もかけて山を登っていたのと比較すると、いとも簡単に頂上に到着してしまうことが、可笑しくてたまらない。
付近一帯より標高の高いこの場所を訪れる時には、ほんの少し覚悟をして訪れたものだ。
私達はハイキングは好きだけれど、傾斜のきつい山は苦手なメンバーが多かったからだ。

Siebengebirge 七連山と呼ばれるその場所は、その地名の通りに山が連なっている。
案内図に山々の名前が記載されていたのだが、七連山ではなく、正確には14もの山々が連なっているようだ。
お城は、山とライン川に挟まれた場所に位置している。
まるで曇りガラスをふき取った時のように、曖昧だった記憶が一気に、鮮明な記憶として蘇る。

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ここに立った時の私は、いつも汗だくだった。
こんな風に、汗もかかずにここに立っているのが、不思議に思える。

まずは、Drachenfelsと呼ばれる遺跡へ。
直訳すると、竜の岩場だ。
この七連山には、たくさんの竜の伝説が残っている。
かつてこの山に住んでいた竜は、山の上からライン川を行き交う船に炎を吐きかけて、次々に船を沈没させたのだそうだ。

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また、ニーベルンゲンの伝説のジークフリートは、この山に住む竜を退治し、その返り血を浴びた事で不死身の身体を手に入れた。
その場所に、ケルンの大司教アーノルド1世が、1149年に城を建てた。
今は、その一部のみが残っているだけだが、この場所からは、肉眼でもケルン大聖堂の尖塔がはっきりと確認できる。

こちらが遺跡。

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山を下りながら、森の中を少し歩くと、ドラゴン城に辿り着く。
こちらは比較的新しく1882年に建設が始まったこのお城は、戦時中に破壊された過去があるが、今は修復され、文化財として保護されている。

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お城の中では、歴代城主のかたのお名前が順番に紹介され、また一時は、アドルフ・ヒットラーシューレと呼ばれる学校としても使われた事があるそうだ。
戦後は、連邦鉄道学校としても使われていた。

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お城の一番華やかな部屋は、多くのステンドグラスで飾られている。

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ニーベルンゲンの間も、素敵なステンドグラスが飾られていた。

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一番北側の部屋は、ケルンが見渡せるように窓が開け放たれていて、美しい景色が広がっていた。

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城内の見学を終えると、みんなで写真を撮った記憶のある場所で記念撮影。
そして、当時一緒にここを訪れた友達に、それぞれメッセージやメールを送った。
ここでみんなとケーキを食べたのだと、私は何十年も前の記憶を懐かしく思い出す。
そして、同じカフェで、当時と同じようにケーキを注文した。

結婚や仕事のため、ドイツの別の街に引っ越した友達。
日本人の友達の中には、もう日本に帰国してしまった友達もいる。
また、全く別の国で働いている友達もいる。

あの頃の私達の思い出の写真は、今どこにあるのだろう。

携帯電話が、まだ「携帯電話」としての機能しかなかった時代。
こんな風に携帯で写真を撮り、メールを送り、ケーキを食べているうちにお返事がもらえる時代が来るなんて、あの時は想像もできなかった。
ビデオ通話までも、携帯電話が叶えてくれる。
掌に乗ってしまう小さなこの機械は、その存在で、私達の生活を豊かに変えてくれた。

私はふと、子供の頃に見ていたナイトライダーというアメリカのドラマを思い出していた。
しゃべる車が良きパートナーとなり、探偵のサポートをするのがとても面白かった。
映画バック トゥー ザ フューチャーも、未来のお話だった。
到底あり得ないと思っていたその中のいくつかの物は、すでに私達の身近に当たり前に存在する事に、今更ながら驚いたりする。

もう一度、ドラゴン伝説のジークフリートの岩場を見てみたい。
こんな風にゆったりと観光を楽しむのも良いけれど、それでも私はいつかまた、世界各地に散らばってしまった友達と一緒に、当時のように汗をかいてハイキングをしてみたい。

ケーブルカーは要らない。
汗をかきながら、自分たちの足で登りたい。

友達の多くは、「山登りは嫌よ!」と反対するだろうか。
ハイキングには、友達の大好きなお菓子を、たくさん用意しよう。
「お菓子では釣られないわよ!」と反論されるだろうか。

いつになるか分からないそのハイキングをあれこれ想像し、愉快な気分になる。

「いつか、この夢が叶いますように」

私は小さな声で祈り、そっとお城をあとにした。

ジークフリート伝説の場所には、何か特別な、目に見えない力がある気がする。
きっと、私の願いを聞き入れてくれるだろう。

季節はもう秋だったが、太陽はまだ高い位置にあった。
少し曇っていたが、また太陽が眩しく輝き始めた。
でもその眩しさは、真夏のそれとは違い、不思議と不快ではなかった。
雨の続いた9月に、こんな太陽を見られるとは、むしろ幸せなことだ。

そしてその光は、私達の友情がいつまでも輝いている象徴のように感じられて、誇らしくさえ感じた。

もう一度振り返り、お城と、そして太陽を見上げた。
パートナーは、そんな私の手を、そっと握りしめてくれた。

時が経ち、変わったもの。
そして、時が経っても、変わらないもの。

お城は、絵本から抜け出したように、美しく聳え立っていた。
遥か昔、ここにドラゴンが住んでいた時から、人々は畏怖の念でこの山を見上げていたのだろう。

美しさと共に、ドラゴンという言葉から想像する荒々しい響きを持つこのお城は、人々の心を惹きつけてやまない。

そんな美しさと勇ましさを持つこのお城は、この先もずっと、その山の頂上からライン川を見下ろすのだろう。

そして、私たちの友情も、いつまでも変わらず、私の心にあり続ける事だろう。

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