映画研究会デ・ニーロ 8
◆これまで
大学に入学した僕は『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入り、先輩達と夏休みにゾンビ映画を作ったのでした。
「ゾンビ館の殺人」を完成させた僕たちは、それを大学の文化祭で公開することにしました。
正直言ってとうてい人さまに見てもらうほどの出来のものではありませんでしたが、僕らが一夏をかけて作り上げた怪作をやっぱり誰かに見てもらいたかったのです。
文化祭の間、スクリーンのある大きめの教室を借りて、そこで映画上映会を開くことにしました。
部長の国木田は、せっかく来てくれるお客さんから入場料500円を取るつもりのようで、とてもそれに見合う価値のある映画とは思えませんでしたが、絶対に譲らないのでした。
あわせてジュースやポップコーンなんかも販売するつもりのようで、僕らは文化祭に向けて販売する物を箱買いしてきたり、パンフレットを用意したりと忙しく過ごしていました。
このパンフレットというのが、映画の出来にそぐわないような力の入ったもので、同級生でパソコンオタクの高木の力作なのでした。
中心には、映画には全く出てこないミラ・ジョボビッチ風の金髪美女がデーンと大きくいて、周りに先輩や僕たちなんかの実際の出演陣、そしてさらにその周りを大量のゾンビ達が囲っていました。平たく言うと、映画「バイオ・ハザード」の海賊版みたい感じです。
煽りには「全米が泣いた!?」とか「製作総指揮スティーブン・スピルバーグ!?」とかありもしないウソ情報が書いてあって、こんなのが許されるのかと大変不安でしたが、脚本の松永先輩が「俺がスティーブン・スピルバーグだ。」と言い張って書かせていたのでした。
他にも、さも出演者みたいな感じで大学の卒業生のイケメン俳優や女優の名前を勝手に載せていて、実際パンフレットを配って勧誘している時に「〇〇さん出てるんですか?」と何度も聞かれ、その度に「〇〇さんはうちの大学の卒業生なんですよ。」と笑顔でごまかさなければならないのでした。
そんな誇大広告もとい嘘八百のパンフレットを大学の無料印刷機で大量に刷って、僕たちは準備万端で文化祭を迎えたのでした。
11月始めの三連休、文化祭当日になると広い校内には目まぐるしい数の屋台が出店し、学生や来場者で人が溢れかえりました。
焼きそばやタコ焼き、わたあめなどお祭りで定番のものから、蕎麦愛好会が手打ちの蕎麦を売っていたり、韓国人留学生の会がチヂミやトッポギを売っていたりしました。
文化部は教室を借りて展示をしていたりして、僕らは映画上映会ですが、隣では落語研究会が寄席をしていたり、ピアノ同好会や軽音部は演奏会を、オカルト研究会は怪談の会を開いていました。
自由な校風で、学生主体で基本的には何をやってもいいよというスタンスでしたが、一つだけ禁止されているのがお酒の販売でした。
僕らが入学する何年か前まではオッケーだったそうなのですが、ある時酔っ払って校舎の屋上から転落した人がいたらしく、それ以降お酒の販売がNGになってしまったのでした。
そんな禁酒法時代の学園祭にあって、僕たちはアル・カポネのごとくお酒を売り捌くという禁忌に手を染めてしまいます。
部長の国木田先輩はどこからか生ビールのサーバーを手に入れてきて、上映会をしている教室の隣の控室に持ち込んでいました。
最初僕らは「あ、ビールだー。」と無邪気に乾杯していたのでしたが、国木田が一人すっくと立ち上がって「文化祭でビールを売る。」と告げたのでした。
僕ら『映画研究会デ・ニーロ』は一応大学公認のサークルで部室も与えられている立場だったので、それがお酒なんか売ってたら不味いのではないかとみんな言いましたが、「バレなきゃ大丈夫。」とニヤッと笑うのみでした。
党三役の間ではすでに既定路線のようで、幹事長の佐伯先輩も総務部長の松永先輩も「儲かるぜ〜」と目が$マークになってしまっているのでした。
こうして僕たちは映画見てもらえるかな〜とかどんな感想だったかな〜というドキドキに加えて、お酒を売ってるのがバレないかという不要なドキドキを持ちつつ、映画のパンフレットを配って映画上映会にお客さんを勧誘していったのでした。
映画の出来はさておき、上映会は比較的好評で、人が溢れかえっている校内はとにかく座って休む所がほとんどないため、ちょっと座って休みたい人達にとってはうってつけなようでした。
45分くらいの映画を90分くらいのサイクルで上映していて、教室内の飲食自由にしていたので、屋台で買った物を持ってきて食べ、ついでにつまらない映画も見ていくという流れになっていました。
僕らの勧誘方針も次第にそのように代わっていって、焼きそばのパックなんかを手に食べる所を探しているような人を見つけて「座って食べられる映画上映会ありますよ〜。」とパンフレットを配っていったのでした。
教室の入口のあたりで、お茶やジュース、ポップコーンなどのお菓子も売っていて、そちらの販売も好調のようで、入場料500円というのにもどうやらクレームはないようでした。
秘密の生ビールの方は、他に売っている店がないということもあって爆売れしているようで、何度も買いにやって来る人や居座って映画2、3回見ている人もいました。
11月とはいえ、陽射しの下にずっといるには暑くて、その分冷えたビールは美味しく、僕らもパンフレットを取りに帰る度に一杯やっていました。
そんな僕たちがもっとも注意しなければいけないのは文化祭実行委員でした。文化祭の進行やイベント、各サークルの配置など全てを取り仕切る委員会で、彼らに見つかってしまっては出店停止に追い込まれ、悪くすると大学に報告されて大学公認を取り消されて部室を取り上げられるかもしれないと部長の国木田は言っていました。
だったら最初からお酒の販売なんかに手を染めなければいいような気もしますが、秘密の生ビールはすごい売上でまさに濡れ手に粟で辞めるにやめられないのない状態なのでした。
僕らは合言葉を決めていて、文化祭実行委員が踏み込んできた場合には速やかにビールのサーバーを2階の教室の窓から下に吊り降ろして回収し、国木田の車まで運んで隠せるように決めていました。
文化祭は全部で3日やっていて、最初の2日間はどうやら平穏に過ごすことができましたが、最終日の3日目になるとビールを売っている所があるという噂が文化祭実行委員のもとに届いたようで、ついに僕らのところにやって来てしまったのでした。
「ビールあるって聞いたんですけどありますか?」
一見何の気ない風の男女カップルの男の方がにこやかに聞いてきました。
その時は僕と松永先輩とで受付をしていたのですが、僕が「ああ、ありますよ。」と口を開けそうになる前に松永先輩に机の下で足をぎゅっと踏まれたのでした。
「ビールはなくて、ノンアルコールビールしかないんですよ〜。あとはお茶かジュース。ポップコーンもいかがですか。」
松永先輩はにこやかに答えて教室内へ案内し、二人が席についたのを見て真顔で言いました。
「委員会が来た。国木田に言ってこい。」
ふつう文化祭実行委員のメンバーはみんな腕に委員会の赤い腕章をしていて一目でそれと分かるようにしていたのでしたが、やって来た二人組は腕章をつけていなかったので僕は危うくボロをだしてしまいそうになったのです。
それをなぜ松永先輩は判別できたのかと言うと、党三役の3人組は文化祭実行委員に潜り込んでいて委員会のメンバーの顔と名前を全て把握していたのでした。
一月ほど前から、柄にもなく文化祭実行委員に出入りしていそいそと仕事をしていたので、どうしたんだろうと思っていましたが、全てはこの日のためだったのです。
僕は隣の控室に言って部長の国木田に委員会がやって来たと伝えると、「おいでなさったか。」と言って面白そうに出てきました。
「来たか。」と松永先輩に声をかけると、「ああ、右端のカップル。誰々と誰々だ。」と答えました。どうやら名前まで把握しているようです。
「委員会の腕章外してくれば分からないで尻尾だすとでも思ったかね。面はわれてんだよ。」
国木田はニヤッと笑って楽しそうにいいました。
「まだ内偵の段階だな。疑惑はあるけど確証はない。」
松永先輩も楽しそうにシシシと笑っていました。
「警戒しながら続行だ。踏み込まれたらいつでもずらかる準備しとけよ。佐伯にも伝えとけ。」
幹事長の佐伯先輩はと言うと外でパンフレットを配って勧誘していて、その勧誘メンバーが教室から地上に逃がしたビールサーバーを回収して車まで運ぶ役割を担っていました。
文化祭の間は、この緊急時以外は電話での連絡が禁止されていて、電話が鳴った場合は3コール以内にでることが決められていました。
僕は何だかドキドキしながら佐伯先輩に文化祭実行委員が内偵に来たけど大丈夫だったこと、これから先要警戒なことをメールしました。
この後、また1、2回実行委員の違うメンバーが身分を隠してやって来ましたが、松永先輩の活躍で全て空振りに終わり、しびれを切らした委員会はついに本腰を入れて取り締まりにやってきたのでした。
僕らの教室がある校舎の2か所ある入り口付近では、パンフレットを配っている勧誘メンバーが見張り役も兼ねていて、委員会のガサ入れを警戒していました。
その部員から委員会3人が校舎に入ったと連絡が入り、僕らの間にピリッと緊張が走りました。
控室の国木田のもとに報告に行くと、すでにそちらにも伝わっていて「潮時だ。逃げ時が肝心なんだよな。」と笑っていました。そしてできるだけ時間を稼ぐように言われました。
やがて現れた委員会のメンバーは今度は実行委員の赤い腕章をしっかりとつけていて、いかにも捕まえる気まんまんといった風で、僕は何だか警察のガサ入れで摘発されるような気分になっていました。
文化祭実行委員の委員長と副委員長が直々にやって来ていて、大学職員のおばさんも引き連れていました。
「君たち、隠れてお酒を売っているそうだね。大学規約で校内での飲酒は禁止されていて違反すれば停学処分だ。それを販売するなんて。」
委員長だという背の高い男が高らかに僕らの犯罪行為を指摘してきましたが、松永先輩はひょうひょうと柳に風とでもいう体でした。
「まさかまさか、お酒なんて売ってませんよ。たしかにノンアルコールビールはありますけど、ノンアルまで違反ということはないでしょう?あと僕らが売ってるのはここにあるお茶とかジュースとかお菓子ばっかりで、お菓子はポップコーンとポッキーと〜。」
松永先輩はゆっくりした口調でダラダラとお酒なんか売ってないと弁明しながら、ビールサーバーを逃がす時間を稼いでいました。
隣の控室では国木田先輩が窓から紐に吊るしてビールサーバーを地上に逃がしていることでしょう。
ダラダラとやったやっていないの問答をしていた僕たちでしたが、業を煮やした委員長は「とにかく中を改めさせてもらいます。」と言って控え室の扉に手をかけましたが鍵がかかっていて開きません。
「部員の持ち物や貴重品なんかもあるので鍵をかけてありますよ。学外の人もたくさん来ますからね。」
松永先輩はやれやれとため息をついて首をふると、
「じゃあ早く開けて下さい。」
と委員長はだんだんとイライラしてきました。
松永先輩は「あれ〜鍵どこやったかなあ。」とうそぶきながらポケットの中をガサガサやって財布や家の鍵や携帯電話やゴミを一つずつ机の上に並べ「あれ、お前持ってたっけ?」と僕の方を振り向いたりしていましたが、鍵は僕のポケットに入っていました。
この寸劇で十分に時間を稼げたろうと思い、「あ、あったあった。僕が預かってたんでしたすみません。」と言って僕が鍵を取り出すと引ったくるように取られました。
控え室に使っていたのは40人くらいが入る教室で、机と椅子が並んでいるだけのシンプルな部屋でした。僕らの荷物が所々机の上に置いてある以外は、ビールサーバーのあった痕跡は一切消えていて、国木田も姿を消していました。
委員長達は部屋の隅々まで念入りに調べていましたが、ただの教室には特に隠せるような場所もなく、何も見つかることなく終わってしまったのでした。
「ほらね、何もないでしょ。映画上映している教室だってジュースとお菓子しかないですよ。」
そっちの方は内偵の時にチェックしていたでしょうが、改めて捜索し直した結果、僕らがお酒を売っていた証拠は何も見つからず、委員長達は悔しげに去って行ったのでした。
国木田の証拠隠滅は徹底していて、ビールを注いだカップから何から回収して運び出していたので、委員会は僕らの尻尾も掴むことができないのでした。
こうして僕たちは捜査の手をくぐり抜け、再び合流すると、佐伯先輩も無事にビールサーバーを回収して車まで逃がせたようでした。
国木田先輩はビールサーバーやゴミを下ろすと、自身も2階からぶら下がって飛び降りたそうで「この脱出劇もカメラまわしとけば良かったぜ。」と悔しそうに言っていました。
こうしてなんとか無事に文化祭を終えた僕たちは、けっこうびっくりする額の利益を山分けし、打ち上げに焼き肉を食べに行き、それまでもたらふく飲んでいたビールで乾杯しました。
「今回はビールさまさまだな。」
平成のアル・カポネこと国木田、佐伯、松永の3人組は美味そうにグビグビとビールをあおっているのでした。
つづく
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