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小学5年生からの夢は、まだ叶えられていないけれど

恥ずかしくて今まで誰にも言ってこなかったけれど、私は「なりたい自分」の姿がはっきりしている。小学5年生くらいの頃から、ぼんやりと輪郭はあったと思う。あの頃から日記を欠かさずつけていたり(「ウザい。ぜんぶ爆発すればいいのに」という一言で終わった日もあるが)、小説やエッセイを書いている。しかし、まだ実現できてない。それは「専業作家」だ。

小説を書いて、印税で生きていくという意味ではない。私の書いた文章を読んで「良いな」と思ってくれた人から、お金を払って書くように依頼されて、それで書くという姿である。本でも雑誌でもメディアでも、何でも。

どちらかというと作家というよりもライターに近いのかもしれない。しかし、作家が「書きたいものを書く」のと違い、ライターは「そこで求められているものを書く」という仕事だ。私は5年ほどライターをしているからよく分かるが、この2つは似て非なるものである。

書いたものにお金を払ってくれる人が現れるためには、ひたすら良いものを書き続けるしかない。もちろんXやnoteでの発信や、ホームページを作ったりといったセルフブランディングも必要だ。でもそれ以上に、心に刺さる文章を書く必要がある。

世の中に文字は溢れている。文章である必要はなくて、PodcastやSpotifyなど、耳で聴いてもいい。それでも文字にしか表現できない何かが、癒せない心の傷があると、私は思っている。人生は耳辺りのいい言葉や、ほっこりする話ばかりではない。そういったものに目を向けて生きていくことは大事だけど、そんなことを言っていられないくらい疲れ果ててしまう夜もある。

だから、1円にもならない文章をこうして書き続けている。他の人から「何やってんの? もっと金、稼げば?」というメッセージをばしばし受け取っている(もちろん、私のことを思ってくれてのことだ。愛のムチで、ネガティブな意味ではない)。でも、私の失敗だらけの人生を見て、「こんな残念な奴もいるんだな。俺も何とか生きていけそうだわ」と思ってもらうには、こうして無料で書くのが今のところは一番の近道だと思っている。

ちょっと良い話や、立派なストーリーに疲れた人が、私の文章を読む。そして、「人間への愛」みたいなものを感じてもらって(よく毒舌と言われるけど、人間は好きですよ)、少しだけ元気になって、また日常へ戻っていく。日々の暮らしの中で、私の文章を思い出すことは決してない。でも、よもぎ蒸しをした後のように、心がぽかぽかと温まっている。そんな存在が、なりたい自分なんだと思う。

まだまだ道半ばなので、こうして発信をし続けて、武者修行をしていくつもりである。お付き合いいただけますと幸いです。

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