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優しい時間の先… マンガ家達の町おこし


前回優しい時間トキワ荘にて、石ノ森章太郎氏の作品【サイボーグ009】の事を主に、手塚治虫氏の【君とゆきて咲く〜新撰組青春録〜】の初のテレビドラマ化について記事にした。
トキワ荘の漫画家達の作品の偉大さに触れたからだ。



ひとつのコメント記事を頂いた。
宮城県石巻市にサイボーグ009のオブジェが飾ってあるとのコメント。
宮城県石巻市と言えば3.11東日本大震災の被害が大きかった場所だ。

   noterPFアキ🐬✨さんのコメ記事



忘れてはいけない東日本大震災。



でもなぜ、石巻市に?
【009のオブジェ】と【石ノ森萬画館】もあるのだろうと疑問に思った。石ノ森章太郎氏の出世地は宮城県だが登米郡石森町だ。(漫画家名は、出世地の石森町から石ノ森と名付ける)




優しいエピソードがあった。


若き頃、映画ファンだった、石ノ森章太郎氏は
自転車で数時間かけて石巻市に通って映画を
見続けた第二のふるさと。





石巻氏のその当時の市長が往年の賑わいを失いかけてることを知っている石ノ森章太郎氏に「マンガによる町おこし」の協力要請し、快諾。
後にまんがジャパン会員の里中満智子、ちばてつや矢口高雄らが応援表明する。
1996年に市長は、【石巻マンガランド基本構想】を策定する。


石ノ森章太郎氏は1998年に逝去。
その後もマンガジャパンのメンバーや、石ノ森プロダクション、出版社の方々が後押しする
2001年【石ノ森萬画館】オープンとなる。
来場者数は年々増え、町は賑わいを取り戻していく。
開館と同時に設立されたタウンマネージメント期間第3セクター株式会社街づくりまんぼうが指定管理者となって、その後推進されていく。





自治体→(株)街づくりまんぼうへ。
わたしは、街おこし詳しくはないが、萬画館設立と同時に自治体から離れ、株式会社を設立することが単にすごいと思った。取締り役(木村仁氏)




   《2011.3.11東日本大震災》


そんな折に、町は大震災の大きな被害に遭われた。萬画館も被害に遭う。マンガ家の先生達の作品を大切に思っている職員さん、自分の家も被害に見舞われてる中、
毎日毎日撤去作業に…。作品も一部破損。


その後、マンガ家の先生方、出版社、ファンの皆様の後押し、様々な方々の協力を得て。


2012年7月に萬画館は、再オープン!


石ノ森萬画館外観






     《マンガ的発想》

固定観念とか先入観とか見た目とかに左右されず
物ごとをあらゆる角度から柔軟に考えていこうと思う発想。マンガの世界では雨を降らせたり
瞬時に移動したり、現実にはできない事がなんでもできる。
自分達がやってることもありだと。
できない理由を挙げるのではなく、これをやるためにはどうすればいいのかを考えてやろう。
そういう思いで活動を続げてきたと。木村氏は語る。


トキワ荘の漫画家の先生達は、マンガを通して、熱き思いや、人々への援助力添えを伝授し、人材育成の種までタンポポの様に蒔いていかれたのだろうか。


偉大だ…。言葉にならない。

  

   漫画と地域おこし 第5回


長文にて皆様お疲れになりましたね。
またウルウルしたので書いてみたくなりました。

             サブリナ🌱


※参考文献 石ノ森章太郎Wikipedia
※引用文献 漫画と地域おこし
第5回街づくりは人づくり。石ノ森章太郎のミュージアム株式会社第3セクター「街づくりまんぼう」

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