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【小説】ハッピーアイスクリーム・⑦そんな人、いませんでした

ハッピーアイスクリーム⑦
何度も言いますが、ハッピーアイスクリームというのは昭和に流行った言葉です。同時に同じ言葉を発した時に、シャウトしてください。使い方次第では危険も伴うので気をつけましょう。同時とか、ふたつ一緒って結構怖いんです。理由は知りません。

あと少しで終わるんです。

 動画 タイトル 怪談つづき  20××年7月投稿
 
 こんにちはー!
 今日も前回に引き続き怖い話をしたいと思います。
 僕はまったく霊感が無いんで、人から聞く専門なんです。
 で、奇特にも直接お話してくれるという人が現れました。こういうのって、やっぱり体験したご本人が話すのがいちばんですから。
―それでは今日はよろしくお願いします。
―あ、どうも。あんまり自信がないんですけど。
(女性の声がする。姿は見えない)
―そんな深く考えなくていいですよ。これを見てくれる人ってそういうことを気にする人たちだとは思ってないんで。
―そういうことって?
―いや、言ってて僕もよくわからないんですけども、そのまんま話してくれればいいってことです。
―私の話じゃなくて、会社のMさんっていう人から聞いた話なんです。
―別にそれでもいいですよ。
―あ、でもよくある伝聞というのじゃなくて、その話を聞かされた場面が怖かったってことなんです。
―場面、というと?
―その話を聞いたときの状況です。
―状況ですか。
―話さないとわかんないですね。
―そうですね。
―その人…Mさんということにしますが、彼は仕事はできるし、性格的にもおだやかな人ではあるんですけど少し変わっていまして。
―どんなふうに変わってるんですか。
―社外に出ると、無言になるんです。
―社交下手なんですね。最近はそういう人も珍しくないんじゃないでしょうか。
―いえ、そういうんじゃないんです。同僚が通勤途中にMさんを見かけて挨拶したとき、彼は不思議そうな顔をしてそのまま行ってしまったんですよ。まるで見知らぬ通行人に声をかけてしまったみたいで、恥ずかしかったと同僚は怒っていました。
―相手の顔がよく見えなかったんじゃないですか。
―かなり近い距離ですよ。会社で話すのと同じような距離で。
―それは…たしかに変わってますね。社内ではどうなんですか。
―普通に挨拶してくれます。
―そのMさんから話を聞いたんですね。それだけでほのかに怖いです。それではお願いします。
―あの、紙に書いてきたんで読んでいいですか?
―それは、わざわざありがとうございます。どうぞ。
(紙をひろげる、かさかさという音がする)

 その日私は遅くまで残業をして、一人で帰るところでした。
 時刻は九時を少し回っていたでしょうか。誰もいないエレベーターホールでぼんやりしていると、Mさんがやってきました。てっきり自分一人だと思っていたので、すこし驚きながらも「Mさん、お疲れさまです」と挨拶をすると、Mさんもお疲れ様と答えてくれました。
 Mさんとこんなふうに二人だけになったのは初めてのことで、エレベーターから降りたらそのあとどうなるのか、私は心配になりました。これが他の同僚なら駅まで雑談でも交わしながら歩くのが普通ですが、エレベーターを降りた途端にMさんは他人みたいな顔をするでしょう。一階に着いたら適当に挨拶をして、自分から先にエレベーターを降りて振り返らずに帰ってしまおうか、でも、それでは感じが悪すぎるだろうか、なんて私が一人で逡巡していると、突然Mさんがこう呟いたんです。
「エレベーターって、怖くないですか」
「今なんて言いました?」と私は聞き返していました。
「エレベーターって怖くないですか、と言ったんです」
「べつに怖くはないですけど…Mさんは怖いんですか」
「怖いです。だから普段は階段にしているんですけど、今日は捻挫をしてしまって、階段が使えないんです」
 私はMさんの足元を見ました。まっすぐ立っています。まあ、見た目だけではわからないのかもしれませんが。
「怖いというのは閉じ込められたりするということですか?」
「そういうことではありません。僕はエレベーターそのものが怖いんです」
 そう言うと、Mさんは語り出したんです。

 あるとき、僕はエレベーターを一人で待っていました。
 ドアが開いたので中に入って行き先の階を押すと、向こうから人が走ってくるのが見えました。エプロン姿の女の人で、髪の毛をひとつ結びにしていましたが、横からも後ろからもばさばさ毛が垂れていました。その人があわてた様子でエレベーターに乗り込もうとしたその瞬間、ドアが閉まりはじめました。開くボタンを押したつもりだったのに、間違って閉まるボタンを押していたらしいんです。あわてて開けようとしたんですが、間に合わなくて、閉じていくドアの向こうに呆然とした女の人の顔がどんどん細くなっていくのが見えました。
(そこで一旦女性は話を区切る)

―すみません。へんな話で。
―いえ、でもよくあることなんじゃないですか?
―これで終わりじゃないんです。Mさんが言うにはドアか閉まる直前に変な声が聞こえたって。
―変な声。
―ハッピーアイスクリーム、と一言。
―は?はっぴぃ?なんですかそれは。
―ハッピーアイスクリームです。何なのかは知りません。その声がとっても低い声だったそうで。まだ続きがあります。
―続きをお願いします。

 エレベーターが途中階で止まりました。扉が開くと女子高校生が二人いました。会社のあるビルにはいくつかファーストフード店が入っているので、遅い時間でも学生が乗ってくることがあるんです。
 私とМさんは階数ボタンのすぐそばに立っていたので、彼女たちは反対の壁側に乗ってきました。すると何を思ったのか、Мさんも壁側の方に移動したんです。すぐにエレベーターが動き出しました。私はもういろいろ考えたくなくて、ひたすら階数表示を見上げていました。すると、Mさんのぼそぼそいう声がしてきたんです。
 …すると…突然悲鳴が…みたいに、あまり聞き取れない声で何か言っていて。
 私は思わず狭い箱の中を見渡していました。Mさんはさっきの続きを話しているらしいんですよ。エレベーターの中には他人がいて、私と距離が離れているのに。女子高生たちは平然としていましたけど内心は怖かったんじゃないでしょうか。それとも、笑いをこらえていたとか?
 ショッピングモールにつながる歩道橋がある二階で彼女たちは降りていきました。取り残された私は怖くて仕方ありません。いつの間に話し終わったのかMさんも黙っているし、一階に着いてドアの向こうに人が歩いているのを見たときには、本当にほっとしてお疲れさまもお先にも言わずに駆けだしていました。そのまま駅まで直行すればよかったんですが、どうしても気になって、後ろを振り返ってしまった。Mさんの姿はもう人ごみに紛れて見えませんでしたけど、私の前にはたくさんの人がいました。なんだかみんな慌てていて、そして右手に何か光るものを握りしめていて、その人達がいっせいに…

 そこでいつもの電波障害が起きた。
 葛飾はいらっとして、パソコンデスクから立ち上がった。キャスターつきの椅子が、後ろに転がってダイニングテーブルの角にぶつかる。
 話に出てきた女子高生というのは、自分のことだ。エレベーターで聞いた話は覚えている。ただし、話していたのは女の人で、Mさんなんて男は存在していなかった。きっと今のは、あの女自身のことだろう。あの女は外に出ると話さなくなるんじゃなくて、中にいるときに話せないんじゃないか?
 ていうか、またハッピーアイスクリームだ。
 あと、エレベーターに乗ったとき自分は一人だったんだけど?
 
ハッピーアイスクリーム ⑧に続く

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