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ヒトも含めて命の尊厳を思いやることなどこれっぽっちもなかった。そんな米国人が今は野生動物保護を語る。ロッキーの狼を元通り復活すると大宣伝もした。 

以下は本日発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も、彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであることを証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。

狼は大神
新大陸に行ったスペイン人は現地の民を酷い目に遭わせた。
ラス・カサスはそれを「破壊」と表現したが、決してオーバーではない。 
実際、インディオの男は食事もろくに与えられずコカの葉っぱだけで酷使され、死んでいった。 
男だけじゃない。母は子供と一緒に殺され、孕んだ女は腹を裂かれて死んだ。 
ただ処女は慰み物として生かされ弄ばれた。
民数記にある旧約聖書イスラエルびとの所業そのままの破壊だった。 
しかし生き物の破壊はインディオに限られていた。 
対して北米にきた米国人はどうか。
彼らも先住民を徹底破壊した。 
先住民とは370も条約を結んだ。
ダコタ族とは領土を白人に譲る代わりに肉も酒もちゃんと配給する条約を結んだ。 
でも配給は遅れ、届いても肉は腐っていた。 
条約違反に怒るダコタ族が決起すると軍隊が出張って制圧し、部族長38人をミネソタ州マンカトの巨大な処刑台に並ばせて一度に吊るした。 
他のシャイアンなどとの条約も一切守らずに先住民を破壊し尽くした。 
そこまではスペイン人と同じだが、米国人はその地に生きとし生けるものすべてを破壊した。
数千万頭はいたバイソンは先住民の食糧や居住テント(ティーピー)の素材にもなった。 
それが消滅すれば先住民も絶滅すると考え、殺しまくった。 
50億羽いた旅行鳩は五大湖辺りから南に渡る。
そのときは「何日間も空が暗くなった」と言われた。 
しかし肉は旨く、羽根は布団になったから乱獲され、1914年に最後の1羽が死んだ。 
何千頭もいたロッキー狼は獲物だったバイソンが人間の手で処分されたので家畜に手を出したら皆殺しにされてしまった。 
米国人は太平洋でも鯨を捕えた。
ハーマン・メルヴィルは鯨油の取り方について「鯨を吊るして林檎を剥くように皮下脂肪部分だけを剥いて」丸裸にして海に捨てる様を描いている。 
ヒトも含めて命の尊厳を思いやることなどこれっぽっちもなかった。 
そんな米国人が今は野生動物保護を語る。
ロッキーの狼を元通り復活すると大宣伝もした。 
実を言うと食物連鎖の頂点にいた狼を絶滅させたためロッキーでは鹿が森を荒廃させ、コヨーテが増えて狐とビーバーが絶滅しかけていた。 
で、カナダから狼を入れたが、牧畜業者が即座に撃ち殺してしまった。
米国人だからしょうがなかった。 
環境保護団体が10万㌦の基金を置いて家畜の被害補償を約束して粗暴な米国人をやっと納得させた。 
かくて1995年に数十頭の狼が放たれ、今では口ッキー周辺で2000頭近くが確認されている。 
おかげで鹿害は減り、コヨーテは姿を消し、ビーバーが増え、自然の秩序が回復しつつある。 
スイスでも先年、1世紀ぶりに狼が出て、羊7頭が食われる事件が起きた。 
政府は狼を保護し、今は250頭が確認されている。 
目下は「一定の羊被害が出たら射殺OK」の条件で「狼のいるアルプス」の再現を試みている。 
日本では狼は畑を荒らす鹿や猪を退治する神の使いとされてきた。 
しかし明治時代、狼は「悪魔の化身」とする欧米キリスト教の圧力で、政府が狼退治を積極的に行い、絶滅させてしまった。 
そして100年。
今は鹿や猪、猿が好きに田畑や森林を荒してその被害額は年間156億円に上る。 
日本オオカミ協会は「大台ケ原の原生林は鹿害で木々が枯れ、今や白骨の林と化した」「狼を放てば獣害を一掃でき、禿山に緑が戻ることはロッキーで実証済みだ」と言う。 
獣害の甚大さを考えれば、ロッキーと同じように被害救済基金を置いても十分ペイするだろう。 
ついでに言えば「狼は人を襲う」もキリスト教の出鱈目で、根拠はない。 
狼はやっぱり日本的に「神の使い」と考えたい。

 

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