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ニペルナーティ出版後日談(お孫さんは人違い? 著者の生家、海外アマゾンの販売)

4月は二つの出版物があり、それぞれ無事発売。今は5月末にnote上でスタート予定の、アフリカの新世代作家の小説集の準備をしています。その話は次回にまわすとして、この間に『トーマス・ニペルナーティ 7つの旅』のことでいろいろ面白いことが起きたので、それについて書きます。
*タイトル写真:ニーペルナーティの著者アウグス・ガイリ(1891〜1960)


著者の孫娘との出会い

ニペルナーティの作者のアウグス・ガイリ(エストニア人)は、1960年に死んでおり、日本ではすでにパブリックドメインの扱いになっています。2018年に日本の著作権法が50年から70年に改定されましたが、その時点ですでに著作権が切れていたものは、遡って権利の請求はないということになりました。2018年の改定なので、1968年以前に死んだ作者の本は70年が適用されません。

そのことを知った上で、この作品の翻訳出版を手掛けていたわけですが、海外での著作権については考えていませんでした。

本ができたことを、かねてから知り合いのエストニア文学センターのKさんに伝えたところ、「この作家の著作権はまだ切れていないから、権利者の許可を得た方がいい」と言われました。そして著者のお孫さんのメールアドレスを知らされました。

そこでやっと本国のエストニアでは、またヨーロッパでも、この作家の作品がまだパブリックドメインになっていないことに気づきました。著者の本国で著作権が継続しているのに、日本で切れているというのは妙な感じですが、これが国ごとの法律ということなのでしょう。

法律は法律ですが、著作権の継承者がいて連絡がつくのなら、日本での出版の事情を説明したいと思いました。そして日本語版のニペルナーティを送りたいとも思いました。

それに著者の孫娘の方と、直接お話しできるなんて!!! と舞い上がったのも事実です。

前置きが長くなりましたが、それで著者の孫娘であるEさんにメールを書くことにしました。Eさんはスウェーデン生まれのスウェーデン人で、名前もスウェーデン風の名前です。ご両親の時代にきっと移民したのでしょう。

少し前のnoteに、彼女の名前で検索したら、いきなり顔写真がポンポンと出てきて、ちょっとした有名人だった、アーティスト/絵本作家だった、と書きました。ところが、Eさんとのメール交換の中で、それは人違いだったとわかりました。

Eさんによると、彼女の名前は(日本でいうなら)佐藤洋子のような、スウェーデンではよくある名前だそうで、まったくの別人だったのです。

Eさんは、同じ名前のあのアーティストはわたしも好きですけど、残念ながらわたしではありません、わたしは言語学者です、と言われました。
おー、言語学者ですか。さすが作家の孫?

そこから話がいろいろ始まって、まずはわたしの方からは、日本の著作権法によりアウグス・ガイリの著作権はすでに切れていることを説明しました。彼女の方でもだいぶ調べていたようですが、最終的に、事実関係を確認して理解していただけたようでした。

そこで彼女のところに日本語版を送るという話になりました。最初、2、3冊送ってほしいと言われていたのですが、後にできれば5冊ほしいと言われました。送る当てがあるのでしょう。Eさんのお父さんも存命でスウェーデンの別の街で暮らしているようですし、Eさんには姉か妹もいるようでした。
ただ、Eさん本人はガイリが死んで数年後の1960年代に生まれたそうで、作家である祖父とは対面していないそうです。

スウェーデン生まれ、育ちということで、エストニア語は2、3の言葉しか知らないと言っていました。おそらく家庭内でエストニア語を話す人がいなかったのでしょう。(Eさんがお母さんにそのことを訊くと、エストニア語を教えるのはおばあちゃん(ガイリの妻)の仕事、と言われたそう。ただ祖母は200kmも離れたÖrebroというところに住んでいたから、機会がなかったと)

さて、本を5冊送るということになったのですが(520ページの分厚い本です)、どこから送るのがいいか。これはAmazonのオンデマンド本なので、近そうな国で印刷して出荷してもらうのがいいと思いました。Amazon UKにわたしはアカウントがあるので、そこから送ることにしました。

が、どうしてか、購入手続きの最後のところで、この地域(スウェーデン)にはこの商品は出荷できません、と出てきました。スウェーデンにもアマゾンがあるのですが、そこにわたしはアカウントがなく、またアカウントを申請するにも英語で最後まで手続きができそうもなく(スウェーデン語はできないので)、これは除外しました。

そのことをEさんに話したところ、なんと、スウェーデンのAmazonはアマゾンの名前を使っているのが不思議なくらい、とんでもない販売サービスをしていると教えてくれました。送料が商品の何倍もするとか、そういったことのようでした。

アメリカのAmazonにもアカウントがあるので、そこから送ったらどうだろうと調べたところ、EU外だからか、送料が非常に高く、使えないと思いました。そんな話の中で、EさんがAmazon.deの話をしたので、あ、と思って調べたところ、ドイツAmazonにもアカウントを持っていることを思い出しました。

数年前に、記事を書くため、ドイツ人のチェリストにメールでインタビューした際、お礼として多和田葉子のドイツ語(原著)の本を贈ったのです。そのチェリストの人は「ヨーコ・タワダは大好き!」と言っていて、そりゃよかったよかったと、ドイツのAmazonから本を送ったのです。

ドイツのAmazonのサービスは優れていました。日本で買い物するのとほぼ同様の手続きでスルーッとレジまで行って、支払い。サイトがドイツ語か英語か選べ、最後まで選んだ言語で処理できました。しかも、注文から数日で届くとのこと、日本国内での注文とさほど変わりません。送料も2000円代と高くなかったです。ドイツ優秀、すごい、と感激。スペインやイタリアのAmazonはどうなのでしょう。

海外のアマゾンでの販売

現在、アマゾンは21カ国でサイトを運営しているそうですが、KDPのシステムを持っているのは11カ国のようです。今回、Eさんのところに本を送ることもあって、海外での販売に関して、利益を取らないことにしました。デフォルトでは、日本のものに合わせて各国の通貨で小売価格が設定されます。それを今回は、KDPで定めている最小価格に変更するのです。

Amazonの掛け率が60%、そこから印刷コストを引いたものが版元の利益になるのですが、掛け率と印刷コストを同等に設定すると、利益は0になります。今回小売価格を最小価格に合わせたのは、Eさんのところに送る経費を低く抑えるためでしたが、ドイツ以外のAmazonもすべてこれに合わせて利益0にすることにしました。

その結果ドイツでは€12.47(今日のレートで2,092円)、イタリアとスペインが€12.12、スウェーデンがkr137.88(1975.50円)、オーストラリアがAUD25.41(2612円)となりました(すべて税込価格)。同じユーロでも、税率の違いによって、最終価格が違ってきます。ドイツやフランスは10%以内のようで、イタリアとスペインは5%前後ではないでしょうか。オーストラリアは10%のようです。

元々、葉っぱの坑夫は利益が最優先事項ではないこともあり、日本で少しだけ利益が得られる状態でかまわないと思ったのです。

KDPの場合、本を作るとき初期費用はかかりませんが、その後に著者や関係者に献本をしているので、その費用は小さくはなく、全体として見れば赤字です。つまり献本分の費用を販売利益で取り戻すことが難しい、または長い時間かかる、ということです。

しかし海外で日本語の本が売れることは稀なので、今回は利益0の設定にして、献本にかかる費用を抑えることにしました。海外のアマゾンで自社の本を買う場合は、版元も一般の販売価格なので。(日本のKDPでは印刷コストで購入ができます)

お孫さんの人柄は祖父ゆずり?

さて、今日は5月9日。Eさんのところにもう本が届いているはず。Amazon.deの注文履歴を調べにいくと、もう届いていました! 到着予定日が5月8日だったので予定通りです。が、注文履歴のところに、「荷物は外のポーチに置きました」と書かれているではありませんか。

Eさんから少し前にメールがきて、⚪︎⚪︎市の父親を訪問しているけれどもうすぐ帰る、と知らされていました。「帰ったら荷物が届いてる!」と喜んでいましたが、外のポーチに置かれてる……

で、Eさんにメールで、本は届いているようで、家の外のポーチかベランダに置いたとアマゾンは言ってるけど、大丈夫でしょうか? と訊きました。

すると今朝(5月10日)返信がきていて、「あー、なんてこと! でも家にはポーチもベランダもないのよ。アパートだから。多分、家のドアの前に置いていったんじゃないかしら」

ここでわたしは爆笑。ポーチもベランダもないって、それがこの話の肝か? Eさん、ユーモアのセンスがある。祖父ゆずりかもしれない。

そしてさらに、近所の人(おそらく同じアパートの人)二人に、荷物を見つけたら、とっておいてと頼んだから大丈夫、と言うのです。
Eさん「大丈夫に違いない、きっと、そうであることを願ってるわ!」

すると続く30分後にまたメールが入り、「大丈夫、気を休めましょう。義理の弟が荷物を取りにいってくれたの。ふぅーーー!」 

「ふぅーーー!」 わたしもこう返信しました。

なんかバタバタと大変だったけれど、この問題解決のせいで、こんなに近しく著者のお孫さんとやりとりできて、ある意味幸せでした。

Eさん、英語が達者で(言語学者ということもあるでしょうけど)、メールには絵文字もあったりして、楽しい人でした。

アウグス・ガイリの生家、エストニア語の未来

Eさんの話では、アウグス・ガイリの生家(エストニア)を買った人がいて、偉大な作家が住んでいたところだと教えられて、その人は家の一部をアウグス・ガイリ博物館にしたとのこと。そこでこの夏、お祝いイベントがあるそうで、日本語版の『トーマス・ニペルナーティ 7つ旅』を1冊送りたいとEさんは言っていました。5冊というリクエストには、その分が入っていたのでしょう。

ところで現在、この作品のエストニア語版は絶版になっています。Eさんが言うには排他的出版権7年の内、まだ5年間契約が残っているそうですが、(2015年に1度出版されていて、その後の2022年に契約更新したもののそのままになっているのか)今後の出版予定がなく、在庫なしのままだそうです。実はわたしも以前にその出版社に問い合わせしたことあり、在庫なしと言われました。葉っぱの坑夫の翻訳は英語版(2018年出版)からなのですが、翻訳時の参考にするために、エストニア語版を手に入れようとしたのです。

というわけで、現在手に入るこの小説は、英語版と日本語版の二つということになります。
オリジナルの原書は存在しないけれど、翻訳版だけが世に出ている、それも近年の出版で、というのはある意味、面白いことだと思うし、今の時代的な現象なのかもしれません。

話者が100万人くらい、というエストニア語。この言葉の絶滅を心配しているエストニアの関係者もいます。もしエストニアの文学作品が、他の言語の中でとりあえず生き延びる、ということがあるとしたら、それはそれでメデタイことではないでしょうか。それも「残さなくては」という必要性からではなく、「話が面白いから」という理由で。

最終記述・改訂:2024.5.11
(今回、新プロジェクトに時間をとられているため、この記事は走り書き/打ち気味で、書いてすぐ公開しているため、文の精度が落ちているかもしれませんが、ご容赦を!)


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