4月25日

 同時期に求職活動を開始した犬繋がりの知り合いが、無事、再就職したと聞いた。世帯主で学生の子どもが二人おられる身。良かったね…と心から思う。
 一方で、何の進展も無い我が身と比べて凹む。比べるなと言う方が無理な話だ。
 私は世帯主では無いし、子どもがいるわけでもない。しかし一人で生きて行かなければならない身。今は実家暮らしで親と同居していても、順番通りだとしたらいずれ一人になる。そして当たり前だが、自分の世話は自分でしていかなければならない身。誰も助けてくれないし、助け合える家族もいなくなるのだ。
 覚悟のもと、転職を決意したのに、何ひとつ思い通りにならない。
 今まで自分の思い通りになったことなどあっただろうか…と振り返る。あった気がしない。いつも貧乏くじを引いてきた気がする。誰もが手にする幸せは必ず私の前を素通りしていく。
 そんな気持ちをいつでも抱えて生きて来た。
 こんなこと…いつまで続けるのだろう…。そんなこと、もう嫌だとやっと気付いたから、自分を苦しめる一切を断ち切るために私は動き出したのだ。
 世の中は、人生は、甘くはない?
 それとも私に努力が足りないだけなのか?
 先日読んだ本の中で〝しなくていいがまん〟について、首を縦に振りたくなるような項目が山のようにあった。善人でいようとするのはやめた方が良いのかも知れない。人の幸せを心から喜んでいても、もう半分の私は悲しいと思っているし、悔しいとも思っている。人の幸せを手放しに喜べないから自らに幸せが訪れないのだと言われたとしても、今まで心から喜んだからといって、自らが幸せになれた例はなかった。
 どの道自分を苦しめるなら、人の幸せさえ時には蓋をして、見ない努力をしても良いのではないかと思う。幸せでない人に人の幸せを願えと言うならば、一度でいいから私のことも幸せにしてみろと言いたい。誰にも出来ないくせに、私にだけ無理を言うな、世の中よ!
 
 今日も母は意向を無視し、数々の予定が狂う。畑仕事、4時間半。昼食にありつけたのは夕方5時。犬をようやく家に入れられたのは夜8時だ。
 このところ不調の彼に対する配慮が足りない。その為に試行錯誤しているのに、まるで協力性が無い。どういうつもりか知らないが、いい加減にして欲しい。
 腸痙攣の痛みに苦しんで3日目、心身ともにズタボロだ。

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