犯罪通訳人「南野之介」 エピソード01
犯罪通訳人ーーーそれは警察の各種犯罪捜査において担当刑事とタッグを組んで外国人被疑者を取調べる際になくてはならない存在。そして外国語に堪能でなければならないという特殊能力が故に誰彼構わず指定されるものではない。一般の市民が指定通訳人として稼働する場合もあるが、現職の警察官がこの任にあたる場合も数多い。
この物語は、この犯罪通訳人が各種の事件通訳を通して真実を追求する姿を描いた、現実に即したフィクションだ。
1 予期せぬ勤務
その朝午前7時30分ころ南野之介は、徒歩で職場に向かっていた。
彼の職場は、所轄警察署の警備課である。通常は、昼夜を問わず治安対象団体の視察や情報収集に明け暮れる。治安対象団体、聞きなれない単語だ。その定義は警察庁が毎年業務の説明責任を果たすために発行する警察白書に記載があるのでここでは割愛しておこう。有体に言えば、右翼左翼や新右翼、過激派やイスラム過激派など通常読者の皆さんの耳目に触れる「刑事警察」「交通警察」などとは少し趣が違う団体・個人を相手にする、いわば特殊な業務である。
警察の活動根拠となる警察法第二条にある警察の責務には「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」とあるが、このうち「公共の安全と秩序の維持」に該当する責務を負うのが警備警察である。
その朝職場に到着すると玄関先では何やら騒がしい様子だった。見た事も無い外国籍の男がちょうど覆面パトカーから手錠をかけられて警察署の二階にある刑事課に連行される場面に遭遇したのだ。
その外国人は、一見すると髪がブロンドで肌の白い所謂コーケージアン。どこの国籍かはわからないが欧州系あるいは米国系と思われた。同人は暴れることもなく神妙な面持ちで両脇を私服刑事に抱えられながら二階に上がっていった。
南野は所轄警備課の巡査であり、彼の朝一番の仕事は部屋の掃除から始まる。まずはバケツに水を汲んできて、雑巾で丁寧に課長席、係長席、主任席と順番に拭いていく。その後自在ホウキで床を履き、床に雑巾掛けをしたら完了だ。
そうしているうちに南野の上司である係長の、 が出勤してきた。
係長は、自席につくや「南野くん、今日の君の予定はどうなっている?」とやおら訪ねるので南野は「特命事項はありません。通常勤務の予定ですが」と怪訝そうに答えると係長が
「悪いが今日から当分の間、生活安全課で通訳業務をしてくれるか?」
と切り出した。
ここで南野の経歴について説明しておこう。
南野之介は子供の頃から英語に慣れ親しんできたことから英語は嫌いではなかった。海外留学経験こそ無いが警察官としては珍しい英検準一級を取得するなど組織の中でも稀な存在であった。それが故に県警本部長から「指定通訳人」として指定されていた。これまでにも外国人事件として売春事件の犯罪通訳や強制わいせつ事案などの事案の通訳を行った経歴を有する。
南野は、「えっ、今日からですか?」と素っ頓狂な声で係長の指示に反応した。警察では上司の職務上の命令には従わねばならないとする内規が存在することもあり業務命令に逆らうことは許されない。この場合も意志に反してでも係長の指示命令には反抗できない状況に置かれていたので、南野は渋々この命令に従わざるを得なかった。
これまで南野は生活安全課が管轄する各種事件の犯罪通訳人として通訳業務に従事した経験を有するが、生活安全課の担当刑事とあまり折り合いが良くなかった。それは、通訳人をあたかも生きた「ポケトーク」のような扱いをするし、一人の人間としてのリスペクトが微塵も感じられなかったからであった。
事件の取調べを担当する刑事は、個性豊かというかまあ変人の類に属する方々が多数おられるので、通訳人として傍に侍っていても「ウマが合わない」場合が多かった。外国人の取調べにおける「取調官」と「通訳人」は阿吽の呼吸で取調べに臨まなければ満足な取調べにならず、結果的に被疑者に舐められて事件の真相を解明できないまま検察庁送りとなる場合も結構あるのだ。
(以下次号)
これまでお読みくださり、有難うございます。
この先は、皆様の反応がよろしければ続編を捜索させていただきます。
ストーリーとしては、主人公の南野が犯罪通訳人を務めながら事件の不審点に気づいて自らが真相究明のために捜査を行い事件解決していくという、まさにトレンディーな外国人との共生問題や多文化共生をテーマとするものです。
これまでに無いコンテンツの物語にしてゆきたいと考えておりますところ、皆様方の応援をいただければ幸いです。
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