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【童話】ねことねずみ

 ねこは柱の影で、そっと機会を狙っていた。
 ねこの視線の先、冷蔵庫の前に、ねずみが2匹いる。
 ねこは、ねずみたちに気づかれないように細心の注意を払って、背後から近づいていった。
 ねずみたちの前には、籠に入った小さなジャガイモがひとつだけあり、2匹のねずみはそれを見つめながら、ひそひそと小さな声で何かを話している。自分たちの危機的状況に気づいていない。
 ねこは、ねずみとの距離を頭の中で計った。
 よし、これなら、思いっきりジャンプして着地と同時に手を広げれば、一網打尽だ。
 ねこはそう計算して、後ろ脚に力を入れ、ジャンプ体勢に入った。

「お前の母さん、病気なんだろ?」
 ねこの耳に声が届いた。
「このジャガイモは、お前が持って帰って、母さんに食べさせておやりよ」
 ねこはジャンプ体勢のまま静止し、耳をそば立てた。
「いや、お前だって、お前の家族だって、最近何も食べてないだろ? ねこたちがこの島に来てから、みんな食べ物に困っているんだ。僕だけが、このジャガイモを貰うわけにはいかない」
「いや、ウチのことはどうにかする。お前の母さ
んの方が心配だ」
「いや‥‥‥」
 ひとつのジャガイモを前にして、ねずみたちは、ぐずぐずと譲り合っている。
「半分に分けたらどうだ!」
 ねこは、ねずみたちの背後から思わず怒鳴ってしまった。
 ねずみたちがビクッと体を震わせて、振り返った。               
 ねことねずみたちの眼が合った。
「チュー」
 ねずみたちは叫び声を上げ、逃げ出した。
「待て! ジャガイモを忘れてるぞ」
 ねこのひと言で、ねずみたちの足が止まった。恐る恐る振り返る。
 これは罠だ。2匹のねずみは思った。ジャガイモのところに戻ったとたん、あのねこは襲いかかってくるはずだ。そう思った。
 しかし、ねこはゆっくりと前脚を伸ばし、腹を床につけた。そして、顎でジャガイモを指した。
「半分に分けて、持って帰れ」
 2匹のねずみは、しばらくじっとしていたが、ねこの目を見ながら、素早くジャガイモのある冷蔵庫前に戻った。
 ねこは動かない。
 2匹のねずみは、ねこの様子に神経を尖らせながらも、前歯でガシガシとジャガイモを半分に分けた。そして、それぞれがジャガイモを抱えると、大急ぎで逃げた。

 キッチンの床に寝そべったねこは、ねずみたちが逃げた壁の向こうに目をやった。
 グーっと、ねこのお腹が鳴った。ねこもまた、空腹だったのだ。
 この島にはねずみが沢山いた。増えすぎたねずみに困った人間が、島の外からねこを連れてくることを思いついた。
 そのとき、人間たちは規則を作った。ねこに餌はやらないこと。お腹が空けば、ねこはねずみを捕って食べるだろう。ねこの餌やり禁止。
 人間の思惑通り、島に連れて来られたねこは、空腹に耐えかねてねずみを捕るようになり、ねずみの数は減り始めた。
 グーゥ。ねこのお腹がまた鳴った。
 ねこは、さっきのねずみたちが家族の元に戻り、半分のジャガイモをみんなで分け合って食べている姿を想像してみた。空っぽのお腹の辺りがあたたかくなって、ねむたくなった。

 ねこは、その日からねずみを捕ることを止めた。ねずみの姿を見ても、動かなかった。
 お腹が空いてたまらなくて、ねずみを捕まえて食べてやろうと何度も思った。
 が、このねずみには子供がいるかもしれない。このねずみにも病気の家族がいるかもしれない。このねずみにも‥‥‥。そう思うと、どうしても、ねずみを爪で引っ掻くことが出来なくなってしまったのだ。
 ねこはどんどん痩せていった。寝ているだけになった。その姿を見て、この島に連れてこられた沢山のねこ仲間たちが心配し始めた。
「なぜ、ねずみを食べないんだ」
 ねこは、自分が出会った2匹のねずみの話をした。彼らの会話を仲間に伝えた。仲間たちはショックを受けた。
「もうねずみを捕ることはできない」

 この島に連れて来られたねこたちは、保健所に保護されたねこたちだった。人間が捨てたねこ、親や兄弟から引き離されたねこ、道に迷ったねこたちで、大好きな家族や友達や恋人に会えないねこたちだった。
 だからなのか、2匹のねずみの話に、ねこたちは涙した。
 ねこは、ねずみを捕ることを止めた。そして、痩せていった。お腹が空いても、断固としてねずみを捕らなかった。
 そのおかげで、ねずみたちは再び食料を集めに走り回ることができた。元気になり、仲間の数を増やしていった。
 ある日、2匹のねずみが1匹のねこの元に、沢山のの食べ物を抱えてやってきた。
「あのときは、ありがとうございました」
 ねこは、ねずみを見習った。貰った食べ物をお腹を空かせたねこ仲間で分け合った。

 この島では、ねこもねずみも仲が良い。
 人間の家にある食べ物を、夜こっそり盗んで、お互いが分け合う。思いやって、助け合って、生きている。
 
 人間たちは、また、相談を始めた。
 増えすぎたねずみをどうする?
 増えすぎたねこをどうする?
 今度はどうする? 
 何を連れてこよう?
 ヘビ、いや、キツネだ。


 
 
 
 
 
 


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