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僕のプロフィール

 吸血鬼。日本在住。好きな人の血が好き。

 noteにプロフィール欄があることに最近気づいた。他の人のプロフィールを覗いてみると、年齢や職業を書いているだけの人から、これまでの人生を事細かに書いている人まで、いろいろいるようだ。
 
 僕はこれまで、noteにはフィクション記事しか投稿していない。そうだな、たまにはノンフィクションも良いかも知れない。プロフィール、僕の真実。まぁ、興味のある人だけ読んで欲しい。

 まずは、僕が『僕の正体』について気づいた日のことを書こうと思う。

 あれは十歳のときだった。
 身体が極端に弱かった僕は、体育の授業中はいつも図書室で休んでいた。
 本は大好きだったから、図書室でひとり静かに読書すること自体は苦痛ではなかった。でも、ときおり窓の外から歓声が聞こえて、運動場でサッカーをやっている友達を見てしまうと、無意識のうちに唇を噛んでいた。口の中に広がる血の味。血には悔しさと寂しさが混ざっていた。
 
 学校の図書室は、いつもきれいに整頓されていた。僕はまっすぐに並ぶ背表紙を見ながら、ゆっくりと本を選んだ。
『吸血鬼の子』というタイトルの本を棚から引き出したのも、体育の授業中だった。その本の表紙に描かれていた吸血鬼の子どもの顔(僕によく似ていた)に強く惹かれて、ページをめくった。
『僕が、僕の正体について気づいた日のことを書
こうと思う』
 最初の一行から夢中になって読み始めた。書架にもたれて立ったまま、ページをめくった。

 薄い本だったから、体育の授業終了のチャイムが鳴る前に読み終えた。
 それから僕は、給食の時間も昼休みの時間も、本の内容について考えていた。

 僕は吸血鬼じゃないか?
 吸血鬼の子供ではないか?

「人はね、それぞれ違うのよ。違うことは悪いことじゃない。良いことよ」
 母さんは僕が幼いときから、繰り返しそう言っていた。これは僕が吸血鬼だから、他の子と違うからではないだろうか?

「丈夫な身体になるためよ」
 そう言われて、トマトジュースを毎朝飲まされていた。グラスの中に用意されているあの真っ赤な飲み物は、実は血だ、ということだってあり得る。

 僕は日光に当たると、肌が赤く腫れ、痛みも熱も出る。これこそ吸血鬼だという証拠ではないだろうか?

 我が家は何度も何度も引越しをしている。父さんの仕事の都合でという話だけれど、実は吸血鬼ということがバレそうになるたびに逃げているんじゃないだろうか?

 ウチにはテレビがなくて、両親が絶えず物語を語って聞かせてくれる。あの歴史物語は、不死の吸血鬼である両親が実際に見たり聞いたりしたことだったのでは?

 考えれば考えるほど、僕が吸血鬼である可能性が高くなった。
 そうだ、日光に弱い僕のために夜中に散歩する家族三人。深夜まで起きていても叱られたこともない。これも、夜行性の吸血鬼だからだろう。 

 十歳だった僕は、初めて自分について真剣に考えた。自分について外側から観察し内側をほじくったのは、たぶんあれが初めてだと思う。

 その日の下校時、いつものように近所に住む夕子と一緒に帰った。夕子はとても優しい世話好きな子で、転校生の僕に何かと話しかけてくれた。
 その日も「もうすぐお祭りがあるから一緒に行かない?」とか「ウチのママが作るプリンは最高に美味しいから食べにこない?」とか、僕の横でずっと話していた。
 そして、石につまずいて転んだ。
「いたっ」
 夕子は膝を擦りむいただけでなく、地面にあったガラスの破片で手を少し切った。指先に血が滲んでいた。
 僕はその血に惹きつけられた。じっと見つめた。
 そして、夕子の手を取り、夕子の指を自分の口に含んだ。他人の血が口の中に広がった。ちゅっと吸ってみた。夕子の指は温かかった。血の味を舌が強く感じた。
 夕子は顔を真っ赤にして、僕を突き飛ばした。
 僕が僕の正体に気づいた瞬間だ。

 あれから何年たっただろう。
 今では、いきなり他人の指を口に含んで驚かせることはなくなった。自然に口から首筋に舌を這わすこともできるし、身体中の動脈や静脈の位置についても熟知している。
 女の子も男の子も気づかない。いい気持ちになると同時に失うものがあるということを。

 僕の身体は丈夫になった。十歳のときのように図書室から校庭で走る友達を眺めるようなこともなくなった。いわゆる『普通の人』と変わらぬ生活をしている。
 それでもたまに匂いに敏感な奴らから『違い』を嗅ぎ取られ、いじめられたり、さりげなく去られたり、奴らの生活圏から排除されてもきた。たぶん、奴らが作る『普通じゃない』『変な人』というカテゴリーの中に、僕は入れられていた。

 おかしいよね。
 カテゴリーには『吸血鬼』がない。

 学校では『勉強ができる子、できない子』『運動ができる子、できない子』『良い子、悪い子』などのカテゴリーがあって、学校の外では『肌の色』や『職業』や『性的な趣向』などで分類されて、それらに当てはまらない人は規格外の野菜みたいな扱いを受けるか、見なかったことにされるか、そんなもんだ。

 分類分けをするのなら『普通の人』と『普通じゃない人』だけじゃなくて『吸血鬼』のカテゴリーも必要なんだよ。
 いや『吸血鬼』だけじゃない。『狼男』や『妖怪』ってカテゴリーだって必要かもしれない。
 全部を知らないのに、分類するなって話。
 
 あれ? プロフィールを書いていたつもりが、ちょっと変な方向にいってしまったな。

 僕は、顔も年齢も職業も、このnoteのプロフィール欄で明かすつもりはない。
 だから、もしかしたら、僕は今これを読んでいるあなたと同じ教室に座っている誰かかもしれない。あなたの職場で一緒に働いているかもしれない。僕は、あなたの親戚かもしれないし、あなたの恋人かもしれない。

 あなたは、隣の人の正体を知らない。
 あなたは、たぶん、あなた自身の正体も知らない。

 ある街からある街へ。僕は、相変わらず引越しを繰り返す。それでも、もうどこかへ行く途中のような不安な気持ちにはならない。なぜなら、自分が何者かを知っているから。

 僕は、吸血鬼だ。好きな人の血を好む。

 信じない?
 そうだね、それでも良いよ。プロフィール欄に書かれていることが事実だとは限らない。
 でも、あなたは、もうすぐ僕を知る。
 この記事を読んでくれたあなたを、僕はすでに好きだからね。





⭐︎2,601文字
フィクションです。たぶん。
過去作品『吸血鬼の子』をベースに、note用に書か直しました。




 

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