見出し画像

もう、魂を燃やさない

驚いている。

心から驚いているのだけれど、これ以上的確な言葉が思い浮かばない。
信じられない、というのは少し違う。
現にわたしの足は、“動いて”いる。

呼吸が深い。

青葉台の駅を降りたそのときには、ほとんど息ができなかった。
徒歩3分、
それは嘘だよ、と半泣きでGoogleマップを睨んだ。
歩いたことがない道だからか、わたしが人類の規格外サイズの歩幅しか持ち合わせていないからか
そしてこの肺も、原因のひとつだろう。

あんなに愛していた煙草を手放したというのに
わたしの肺は、ずとんと重い。
それも「低気圧だし、こんなもんか」と思っていた。
自分速度を許されるならば、まだ歩ける。
そう、これはわたしの世界の当たり前で
「今日は天気悪いからしんどいね」という
同族たちの当たり前で、受け入れて、付き合ってゆかなければいけないカルマだと思っていた。

目印のファミリーマートがまだ遠い
でも、引き返すわけにはいかない。
呼吸が浅い。
それなのにこれから、何かを話さなければいけない。
それも、わたししかわからない、わたしのことを話さなければいけない。

今日、わたしを診てくれる人とは、このあいだ知り合った。
そして「この人に診てもらいたい」と願った人だった。

(おわりに)あなたにお願いしたい、と思うこと
私事ですが、「具合が悪いなら、針行ってみれば?」と言われることが多いです。
でも、針ってやったことないし、なんかよくわかんないし
って思っていたけれど、今日のお話を聞いて、みつるさんにお願いしたいと思えました。
こんなふうに丁寧に、目の前の人と向き合って、「来たときより良い状態で帰ってもらおう」と考えてくれているみつるさんになら、自分のことも相談できると思いました。

感想文”働き方イベント”より

それなのに、
ああ、わたしはうまく話せるだろうか。
昨日までの喜びは安堵は、今はもう遠かった。
わたしは大丈夫じゃないかもしれないけれど、向こうはプロだから大丈夫、と思う他なかった。




息も絶え絶えのわたしの話を、ミツルさんは、じっくりと、ゆっくりと聞いてくれた。
関係ないかもしれないと思いながらも、プールで転んだ右足の怪我のこととか(右足の小指があまり動かない)
最近、右手の骨折跡が痺れるように痛むとか、そんなことも話してしまった。

“話させてくれた”と、思う。
向こうはプロだから大丈夫じゃなかった。
いや、それもそうなのだけれど
「ミツルさんだから」大丈夫だった。

わたしはどこかで、先日のイベントの話を思い出していた。
首の痛みを訴えていた女性の話で

首が痛くて診察に着ているひとの話をよくよく話を聞いてみたら、職場で嫌いな上司がいて、その人のほうを見ないようにしているって言ったんです。
それで、ああ原因はそれだなって、わかったりすることもあって

鍼灸院で、嫌いな上司の話など無関係だろうと思って、そのひとは話せなかったのだろうと思う。
でも、関係なくなんてなかった。
世の中の、何かそういう“繋がっている”というものは、ほんとうにどこと繋がっているかわからないし、自分ではその糸にも線にも気付けなかったりする。

とにかくわたしには、「この人にはなんでも話して大丈夫だろう」という安心感があった。
そしてそれは、これ以上に頼もしいことはない、ということだった。

体の仕組みについては、絵を描いて説明してもらった。
わたしはドアを開けて、診察室に入っただけなのに、極度の内股なのがバレた。
「靴のすり減り方を見て」と言って、ミツルさんは笑った。




施術室のベッドに倒れてからも、たくさんの話をした。
わたしは、物事には理由があることを知った。
湯船に浸かること、日光を浴びること、海や森に行くこと、サウナの冷水と外気のこと

そして、自分の身体の“知らない部分は動かせない”ということ。

ダイエットを始めたばかりのころ、するするっと体重が落ちて「歩くときは、胸の下から動いていることを意識する」という感覚に、初めて出会ったときのことを思い出した。
おなかの脂肪が多すぎたときは、「動くはずであるスジ」を認知できていなかったのだ。もう、ないも同然。
それが、「ああ動いている」と気づけた日から、わたしの歩き方は少し変わった。
そう、あの感じ。

たくさんの、スジやら細胞やらが眠っていたようだった。
そのせいでわたしの身体は、酸素や血液が足らず、呼吸が浅くなったり手足が痺れたり、頭が痛くなってしていたーーー可能性がある。という話だった。

なるほど
まじか
すげえ

まぬけな声が、施術室の天井に響き続けていた。


たくさんの話をして、すべての質問を拾い上げてもらって、わたしはごろごろとしていただけなのに
施術が終わったら、自分の身体が、“正しく”なったことに気づいた。

これ、もなみさんに言われたやつだ。
美しいもなみさんがわたしに教えてくれたモテポーズ、美しい姿。

もなみさんは尊敬する美人なのに、たぶん中身はビッグマムなのである。
でも、見た目はハンコックで、美しさの権化
ちなみに、このツイートに対するもなみさんの返事が下記だったので、ますます好きになった。

あれから何度意識しても、うまくできなかったというのに
いま、すうっと
閉じるべきものが閉じて、開いているものが開いているような感覚だった。
この「モテポーズ」は、わたしにとって苦痛の(必死にやっても違和感、うまく保てない)姿勢だったのに
ああ、これが、これが本来の人間。
いや、これが本来の“わたし”

ちなみに、靴も早めに買い換えたほうがいい、と言われた。

本来(素足で立っているとき)と比べて、内側に削れた靴を履いていると「こうなって」と、足の模型を斜めにされて納得した。
あ、足首の形ヤバイやつになってるじゃん…
これで歩けば、そりゃあ骨盤も左右で1センチくらいずれそうだ(施術前にはズレていた)

この日、ミツルさんとは2つの約束をした。

顎をひくこと
(顎をひくって感覚が、今までどうしてもわからなかったけれど、わたしは純粋に「頭の後ろ側を、後ろに引っ張る」って感じでよさそうだった)

意識的な呼吸を、朝と夜にしっかりやること
意識する箇所はみっつ
・おへそ
・肋骨
・鎖骨

次は、2週間後に予約をした。

2週間後の予約っていうと、なんだかピアノのレッスンみたいで久し振りの感覚だった。
今までの病院って、とりあえず予約していたのだけれど、今回の予約は「呼吸を意識して過ごした結果、2週間後に身体がどうなっているかチェックする」というやつで
わたしは知っている。
ピアノの先生っていうのは、生徒が練習してきたかどうか、聞けば一発でわかる。
何もしなければ、ミツルさんにバレるという確信があったので、「これからの2週間、しっかり過ごそう」と思えた。

睡眠とか、呼吸とか
自分の身体がどうなっていくのか、観察してみてくださいね

帰り際、そんなふうに声をかけてくれた。
「頑張る」だと面倒だけれど、自分の身体が観察対象となるのならば、なかなか楽しめそうな気がしている。

そうか、わたしの身体は”変わってゆく”のか。

チビはチビのまま、生きてゆかなければいけない。それはそう。
でも、デブはデブのまま生きてゆかなければいけないのだろうか。
それは違う。

先日、簡易な肌測定をしてもらったとき、オイリー混合肌だということを教えてもらった。
水分不足で乾燥して、乾燥した結果、肌が油を出しまくるという循環は、自己理解と一致していた。
「これを、平均的な肌に戻してゆくことが目標です」と言われ、驚いた。
戻すの?
戻んの?

チビはチビのまま生きていくように、
オイリー混合肌は、オイリー混合肌として生きてゆくのだと思っていた。

そういえば、わたしの歩き方はいまでも極度の内股だけれど、二十歳のときに一度矯正した。
恋人が買ってくれたクラークスの靴底が、あっというまに内側にすり減って、張替えに1万円かかったのが原因だった。
今でも内股だけれど、あの日よりはマシになったんだ。
そうだ、あのときわたしは、”変わった”んだ。

「現世は、この身体で生きてゆくしかないのよ」というせりふがすごく好きだった。
このとき、明美先生が言っていた。

わたしは、この言葉の意味を間違えていたのかもしれない。

この身体を受け入れて生きるということは
この身体を諦めて生きてゆくことではなく
チビはチビのままだけれど
オイリー混合肌は正常な肌に、内股も治して
自分の身体を観察して、「適切に生きられるように努めること」が
きっと、この身体で生きることなのだろう。

このあいだの「働き方イベント」で、大切なことは「自己分析」だって教えてもらったけれど
ああ、それって身体もそうだったのか…
心と身体って
ああ、そういうことだったのか




また来ます、と言ってドアを閉めたとき、なぜだか少し泣けた。

歩き始めたら、自分の足が軽いことに気がついた。
わたしは会社を出る前、トイレで立ち尽くしていた。
仕事を終えると決めた瞬間、緊張の糸がほぐれ、足がうんと重たくなって、動かなくなった。
それは、太ももの前に見えない板があるみたいで、何かから弾き返されているような感覚だった。
何度も立ち止まってここまで辿り着いた、というのに。

呼吸が深い。
鎖骨の、あの周りがギチギチと硬かったのに、今はふんわりとしている。
さすがにあの硬さは、施術中に「アッ硬いですね!」と言ってしまうやつだった
肺がある。
確かに、肩のあいだ、胸のあたりに、呼吸を司どる器官がある、ということを実感している。
肺が、動いている。

猫背のわたしの肩が、いまはガンダムみたいに勇ましく、きちんと“横”を向いている。
どうかこれからは、デスサイズヘルカスタム(ガンダム)と呼んで欲しい。あ、やっぱりサンドロックがいいかも…

顔色もよくなった、と言われた。
まだ確認していないけれど、きっとそうなのだと思う。
そうなのだと思う、というのは思い込みかもしれなくて
いやはやすべてが思い込みかもしれない
わたしのヤマイそのものが、思い込みかもしれない

でも、それでも
呼吸が深い
太ももを押さえ込んでいた板は消え
指1本分ずれていた骨盤の高さは、今は真横に揃っている。

気のせいだろうか
ジャストフィットしているスニーカーは、ソールが内側に削れていて
それをいま、「歩きにくい」と思った。


そしていま、涙の理由がわかった。

わたしはバカだから、いまの結果が思い込みでも何でも構わない。
でも確かに心地良い、その事実だけで充分で

ああ、わたし、生きていいんだ。

治るかわからない、どう付き合っていいかもわからない身体と生きてゆくことが、たまらなく不安だった。
食い扶持を稼げない自分に、生きる意味を与えることができなかった。
最悪、実家に帰らねばならないという恐怖の中、なんとか、なんとか「それでも生きていることの尊さ」とか、「静岡に帰れば、はじめしゃちょーとすれ違えるかもしれないしね!」なんて前向きさを装って
生きなけれればいけない、しかしこの身体で、正直に言えばもうしんどい、やめたいと何度も思った。
でも、生きなければならない
生きなければ、投げ出すわけには、希望を見失うわけには、いかないと
言い聞かせて、言い聞かせて、

ああ、わたしの身体は
こんなにも生きようとしていたのか。

気づけなくてごめんな。
いやはや、身体の知らない部分がいっぱい動いてびっくりしたよ
ぜんぶをきちんと使えれば
なんだよ、まだこんなにも生きられて
生きようと、いーんだな。


もし、あの頃のわたしに
「この身体で生きることはもう苦しい」と泣いたわたしに
これから、会うことがあったら
どうか、どうか、伝え欲しい。

すべて、諦めてもいい。
なんとか生きながらえて欲しい、と。

そうしたら君は、書くことを選ぶだろう。
書くことが君を救う。
「救われなくても」と願いながら、君は紡ぐことを選んで、何度も絶望するだろう
でも、この絶望こそが、わたしに残されたひとつの安寧となる。
考えてみてくれよ
他の方法では、満たせない暗闇だろう。

そして、書くことに導かれた出会いがあって、
書き続けたわたしの言葉を、照らしてくれる人が現れて、
その光に導かれて、君は必ず出会える。

きっと、もう一度生きたいと
そして、「この身体で生きてもいいんだ」と

そう思える未来を、君は必ず手繰り寄せる。
いまは、信じられないかもしれない。もう希望なんて持たなくていい、ボロ雑巾でも構わない。
「生きているだけでエライ」というその言葉ですら響かない、つらい夜が何度訪れたとしても

どうかその日まで
“持ち堪えて”くれ


青葉台のスターバックスで、少し背中を丸めて言葉を紡いでいる。
「せっかく良い姿勢を教えてもらったのに?」とお思いになるかもしれないけれど
ミツルさん曰く「集中しているときは姿勢が悪くなるから、集中していないときは気をつけるといい」とのことだった。
「それならできる」と言ってわたしは笑った。
これって、なかなかすごくないですか?
ついつい姿勢が悪くなってしまう自分を、わたしは責めまくっていたけれど、そうではない。
「できるときにやる」ということ
呼吸も、睡眠も
できるときには、きちんと。

この感動を、できれば上手く紡ぎたいと思ってスターバックスにやってきたけれど、結果はどうかわからない。
ただ、ここに座ったときにピンと伸びていた背中が丸くなったことは“集中”の現れだろうか。
こんなに集中して書いたのに、まだ頭痛が遠いことに驚いている。



魂を、燃やして書くつもりだった。

わたしの稼働時間や、労働時間、健康寿命、東京で過ごせる残りの時間をどれほど削ったとても
わたしは命を賭して、書くつもりだった。もう、そう決めていた。

でも、そうじゃなかった。
そうしなくてよくなった、という気がしている。

わたしの魂は、炎ではなく水だったのだ。
これは四柱推命でミツルさんが教えてくれた、わたしの属性のようなものだった。

燃やすのではなく、流す。
それが美しい流れでなくとも、勢いをどれほど落としたり、或いは崩壊するような痛みが訪れたとしても

干上がることを恐れるのではなく
紡いで満たして、これからも言葉を流し続けることが、これからの答えになってゆくのだろう。
だからもう、何も、何も燃さなくったっていい。
燃やさなくても、書き続けられるんだ。


これは、「生きよう」という決意の物語ではない。
そんなの、もう何百回も繰り返して、何百回も折れた。
もう、自分ひとりはおろか、大切な人の”優しさ”を食らい付くしても、保てず、折れ続けた。

今日、「生きてもいい」と、手を差し伸べられた。
この身体で生きよう、ともう一度思うことができた。

今日得たのは、それはもう奇跡のような
救いの物語だ。




わたしを、救ってくれたひと

なんていうか、こういうのってめちゃくちゃご縁って続くなァと思うんですが、
わたしが大学時代を過ごした町田(の、隣の相模大野)で来月イベントをやるそうです。
見に行きます!!

わたしは、推しには流されたいタイプなので
たぶん、ミツルさんがいなかったら聴講しなかったと思うんですが
いるので行きます。そういふうに、安易に生きてゆきたいのです。

こちらのイベントに関する、ミツルさんのnote
イベント開催まで毎日更新されるとのことで、ワクワクしています🔽


ミツルさんとの出会いはこちら
イベントが終わったからも、”最高だった”という出来事が重なってゆくの、すごくないですか??
ちかさん、本当にありがとうございます。


肌質は変わる話










スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎