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深夜のラーメン屋おばあちゃん|エッセイ

 冬のある日、理工学部のキャンパスで22時すぎまで用事があり、僕はとてもお腹を空かせて夜の早稲田通りを自転車に乗っていた。
 この時間になると早稲田のお店は意外にもほとんど閉まってしまう。(もっと遅くまで楽しみたい人は高田馬場に行こう)

 そんな中、僕はまだ暖簾と看板の出ているラーメン屋さんを見つけた。夜ご飯を食べていなかったので、僕は自転車を停めてお店に入った。
 僕が食券を買って席の方へ行くと、座っていたご婦人に声をかけられた。

「お兄ちゃん早稲田大生?」

 僕はそうですと答えた。すると「あらそう、いいねぇ。早稲田大生はみんな優しいよね。」と言ってくれた。
 僕はありがとうございますと言ってご婦人の近くの席に座った。

「早稲田大生はみんな優しいよね。けどここのマスターも優しいんだよ。私オープンのときから来てるから。最初は焼き鳥屋と間違えて入っちゃったんだよ。赤い提灯が出てたから!」

 なかなかのトーク力である。僕はそうですかと笑いながら言った。

 次に年齢を聞かれた。僕が19歳だと答えると、ご婦人にも20歳になるお孫さんがいるのだと教えてくれた。そして自分は80歳だと告げられた。お孫さんは九州にいるらしく、ご婦人の地元も九州なのだそうだ。
 僕が話を聞いていると、また「早稲田大生はみんな優しいね。」と言ってくれた。そして、

「マスター、この子に私から煮卵つけてあげて!」

 僕はけっこう驚いた。ラーメン屋でこういうノリってあるんだ。それを思ったのは僕だけではないらしく、マスター(あえてそう呼ぼう)が一番驚いた顔をしていた。

 そして煮卵入りの油そばが出てきた。僕はご婦人にお礼を言って麺を食べ始めた。
 魚介の出汁がとても美味しい。僕がもう一口食べようとしたとき、

「お兄ちゃんいくつなの?」

とまたしても訪ねられた。19歳ですと答えると、

「19歳か、おばちゃんにも20歳の孫が九州にいるんだよ。私九州の出身だから。私もう80歳なんだよ。」

 僕はそうですかと言って麺を口に入れ食事を再開した。すると、

「それにしても早稲田大生はみんな優しいね。けどマスターも優しいんだよ。私オープンのときから来てるから。最初は赤提灯が出てたから焼き鳥屋と間違えて入っちゃったんだけどね!」

 僕は一瞬何が起きたのかわからなかった。スタンド攻撃かと焦ったが、時間は進んでいるようだったのでご婦人がさっきのことを忘れてしまっただけらしい。
 僕はまたそうですかと笑いながら答えた。
 僕が入店した時マスターはご婦人の話を完全に無視しているように見えたが、あれは僕の気なのせいだろう。ここのマスターは優しいのだ。

 それから僕は食事中ご婦人の話を延々と聞くハメになった。年齢を聞かれ、孫の紹介をされ、マスターが優しいことと焼き鳥屋と間違えたことを何回も聞かされた。僕はいちおうこまめにそうですかと返事をした。

 普通の人なら相当つらいと思う。相づちだけならまだしも、定期的に「19歳です」と言わなければならないので幾度となく食事が遮られる。
 だが僕はこの状況をあまりつらいとは感じなかった。むしろ、ラッキーだと感じていた。記事のネタになるからである。
 このnoteをやっていると、大変なことが起きても記事になるかもしれないからと前向きな気持ちでいられる。これは僕の心の健康にとってとてもいいことだと思っている。こう思えるのもひとえにいつも僕のnoteを読んでくれている皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
 僕は食べながらすでにどんな風に書こうかと頭の中でまとめ始めていた。

 ご婦人の話は基本的に同じことのくりかえしだったが、一度だけ変化球も挟まれた。

「この前向こうの焼き鳥屋に行ったら、まだ席空いてるのに満席ですって追い返されたんだよ。あそこ、早稲田のOBがやってるから早稲田生しか入れないつもりなんだよ。年寄りだからって舐めやがって。もう二度と行かない!」

 早稲田生はみんな優しいのではなかったのか…
 このような事実は無かったと信じたい。

 僕はなんとか料理を食べ終え、マスターとご婦人にごちそうさまでしたと言って店を出ようとした。すると、

「またここ来てやってよ。おばちゃんはあんまりしょっちゅうは来ないけど、また会えるといいね。」

 そのときはもうラッキーとは感じられないと思う。

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