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#17 魔法少女はメタルを聴く 第4話「そんなにいいもんじゃないよ」

わたしの柱となったバンドは、アイアン・メイデン。
格調高いメタル界の巨人である。八十年代の初頭に英国で巻き起こったヘヴィメタルの一大ムーブメント、通称NWOBHMを代表する、正統派メタルバンドのひとつ。
その後、すべてのヘッドバンガー(メタルを愛する者のことだぜ)の道標となり、そして自らも歩みつづけた。

ただ、「正統派」という表現に、わたしはどうも違和感を覚えてしまう。あの日一聴して感じた楽曲のかっこよさ。それは何ものにも替えがたい。
たとえば、キャリア、影響力ともに同等の格を持つだろうジューダス・プリースト(こちらは高音で叫ぶボーカルの人が、SMっぽい衣装で鞭をふるうことで有名)には、それを感じない。人に話せばどこが違うのと訊かれてしまうが、それは今でも上手く説明できない。

色彩でいうと、鮮やかな緑色? 音楽的にいうとポリリズム的ななにか? うーん、奇怪な規則性をもった繰り返しっていうか、なんかこう、リフがぐるぐる回ってる感じなんだよぉ。わかってくれよう。

「わたしたちの柱って、ギターの複雑なリフが似てるよね」
そう仲間意識を込めて話すレイの柱は、スウェーデンメタル界の重鎮、イン・フレイムス。たしかに、こちらもぐるぐる回っているふうに感じる。

94年デビューの彼らは、キャリアで見ればレジェンドたちに大きな差をつけられている。だが、デスメタルに――その思想の真逆にあるはずの――メロディを大胆な形で導入した「メロディック・デスメタル」というジャンルでは、王者と呼ばれている。この革新的な音楽は、メロデスと略されて、日本でも非常に人気が高い。

響き渡る轟音のなか、メインソングライターでもあるイェスパー・ストロムブラードの奏でるギターが、闇のなかの光明、一本の光の筋のように、美しく幻想的に浮かび上がる。はかなく、ノスタルジックでもある。
メタルに触れて一日や二日でこのバンドを選んだレイの慧眼には、まってくもって感服してしまう。

――実は、この柱の選択がおそろしく重要なのだと知ったのは、ずっと後のこと。

魔法少女の新たなステップに進んでから半年近くが経ったころ、わたしは少し揺らいでいた。このままでいいのだろうか。恋愛も旅行もせず、人の輪も広げず……。
さらに悪いことに、なんとか関係を維持していたクラスの子たちが、わたしのことを敬遠しはじめていた。このままではきっと切り捨てられる。レイにいたっては、あの子はわがままだと陰口を叩かれていた。(まあそれは、魔法少女うんぬん以前の問題なのだけど……)
わたしも知らないところでは、悪し様に言われているのだろうか。
自分とのたたかい。リカさんの言葉の意味が染みてきた。今ならまだ、後戻りできるんだろうな……。

「駄目ですか」
「そうねえ……」彼女の顔がくもる。
レイは用事があるとかで、今日はリカさんと二人きりでいる。そしてわたしはいま、魔法少女研究会の卒業生に会わせてくれないかと、彼女にお願いしてみたのだ。研究生に会えないのならせめて、と。

ルール上は問題ないはずなのに、「わたしも知らないわけじゃないけど、個人情報でもあるし……」彼女はなんだか渋っている。
けど、少しでも、同じ仲間のはなしを聞いてみたい。この時期、わたしの心は不安定だった。
魔法にしてもリカさんは、「あまり人に見せるものでもないし」と披露するのを嫌がるし、また、謙遜なのか、「わたしはそんなに強い魔法少女じゃないのよ」とも言う。そして続けるには、「そのぶん、インストラクターには向いてるのかもね。だからロウィンに指名されたってだけ」

訊けば、どんな魔法が手に入るかは、本人にかなりの裁量があるとのことだった。先輩魔法少女に会ったところで、それは将来の自分の姿ではない、と。
それでもかまわない。
わたしはこの揺らぐ心をどうにかしたいだけ。

だから、思い切ってこう言った。「わたし、モチベーションにしたいんです! なので、その……、水島先輩に会わせてもらうことはできませんか」水島選手――水泳の金メダリストだ。
だが、「それは無理よ!」と即答されてしまう。「あの人はもう有名人なんだから」
がっかりする。露骨に肩を落としてしまった。

それはそうかもしれないけど、そんな頑なに拒むなんて、他に会わせられない理由でもあるんじゃ――と、そのとき、
「仕方ないわね」
外した視線のあたりに、リカさんの観念したような声が響いた。
彼女を見る。
「わたしが金メダリストの話をして気を引いたのも事実だしね。水島さんは無理だけど、彼女のパートナー、つまりあなたにとってレイに当たる人だったら」
「本当ですか!」
「ええ、けど……」リカさんは、ここだけの話よ、とひとさし指を立てて言った。「わたし、あの人とあまりそりが合わないんだよね」
ああ、そういう事情もあったのか。
「もちろん言いませんよー」
「あーあ」とリカさんが言う。「なんか、昔のこと言われそうだなあ。在学中はちょっとした顔見知りだったのよ。もちろん魔法少女と関係のない場所でね」
へえ。
「言われて困ることでもあるんですか」わたしはそう茶化してみる。
「あら、わたしだって、あなたたちみたいに可愛いときもあったのよ」
あは。
ふふふ。
そのあとわたしたちは、声を出して笑いあった。

そのOBは、名をおぎわらさんと言い、下北沢でアパレルショップを経営しているらしい。リカさんから店名とそこへの行き方を教えてもらった。それなら自宅を教えるわけじゃないからいいでしょう、と。

さっそくレイにその話をすると、彼女も喜んだ。その場所にすぐにでも飛んで行きたい気持ちだったが、最近なにやら忙しいらしいレイはなかなか予定が空いていなくて、けっきょく二週間後の日曜日にその日を定めた。

ところが当日になってレイに電話をかけたところ、彼女はライブがあるので行けないと言い出した。
「約束してたじゃない」
「だって、チルボドがくるのよ?」
「そういうことじゃなくて! それに、魔法少女研究会の先輩に会うんだよ」
「そんなこと言ったって、チルボドだもの」
「あっ」
通話が切れる。
マイペースすぎる……。彼女の都合で二週間も待たったのに、もうこれ以上は無理。心細くもあるけれど、わたしはひとりで出かけることにした。そして数時間後、そのことを激しく後悔する自分と出会う。

その小さな店はすぐに見つかった。ここに来るまでの途中にあったお店の、可愛らしさや華やかさとは無縁の雰囲気で、外から見えるものは、ドクロや五芒星の絵柄だったり、攻撃的なデザイン、形状のアイテムばかりだったが、まあ見つかった。が、肝心のおぎわらさん。お店にはひとりしかいないから、彼女がそうなのだろう。

店のまえの段差の端に、タバコをふかしながらだるそうに座っている。線の細い、中性的な女性。彼女の見た目はパンクの人のようだった。男の人のように短い髪。色はほとんど原色のイエローに近い。耳にはたくさんのピアスが認められた。
これまでお近づきになったことのないタイプ……。キャンパスでもここまでの人は見たことがない。ああ、たしかにリカさんとは正反対だな。

リカさんに吸い寄せられたときとはまるで逆、強力な反発力を感じる。顔や身体のシャープなラインと相まって、存在が鋭利な凶器に見えてしまう。
店舗にこれ以上近づくことは、かなりの勇気を必要とした。そもそも彼女は、本当に魔法少女研究会の出身なのだろうか。リカさん、レイのような、魔法少女チックというか、ふわりとした感じがまるでない。リカさんの情報が間違っているのでは――。

いや、でも、と思い直す。店内のアイテムはたしかにメタルのものだ。
少し移動して、目の角度を変えてみる。バンドTシャツが見えた。知ってる名前がいくつもある。メタル雑誌の写真でよく見る、鋲のついたベルトとリストバンドも置いてあった。
うん、わたしは客。そう、お客様。
客なんだから、入っていってもぜんぜんおかしくない。

自分に言い聞かせ、入り口にむかって歩み寄る。だいいち、東京でお店の人に絡まれるなんてことは滅多にない。なにより彼女はだるそうにしている。今日はせっかく来たんだから、せめて寄っていこう。
ところが、
「はーい、なにをお探し?」
敷居をまたいだ瞬間、さっそく絡まれた。

彼女は首だけ動かして、こちらを見た。気怠そうな表情は変わらない。無関心なのか気さくなのか、なんとも判断がつかない。
「ええ、ちょっと、バンドTシャツが目についたもので」
「へえ、そんな感じの人に見えないけどね」
「これでも聴くんすよ」ふだんは言わないのに、す、とか言ってしまった。目を合わさず、Tシャツを物色している感じで答える。「あ、これ、『頭脳革命』のジャケットですね」
「嬢ちゃん、よく知ってんね」
「ええ、これ、わたしの『柱』なんで」さらっと言ってみた。
「あんた」
彼女が立ち上がる。
「は、はい」
驚いて、そちらを見る。丈の短いシャツにジーンズ。彼女はしなやかな、女性らしいラインをしていた。
彼女は歩み寄る。おたがいの顔が近づく。あ、この人きれいな顔してる。
「魔法少女?」彼女も唐突だった。
わたしたちのやりとりは、まるで合い言葉のよう――。

くすくすと、タバコを片手に彼女は笑う。「へえ、いまはそういうイメージの戦略なんだな」
現在、無事に自己紹介を終え、わたしを取り巻く環境を、彼女、おぎわらさんに理解してもらえたというところ。思ったよりも話しやすい。ぶっきらぼうで、客を客とも思わないこの感じ、この距離感は、彼女の自然体なんだと、わたしはすぐに理解した。
「わたし、魔法少女って柄じゃないだろ?」
イエス! こんなにもオープンな彼女を前にして、思っていることを曲げるも違う気がして、わたしはどちらとも言わない。
「わたしたちのメンターはもっと直球で、『魔法』ってふうに言ってたけどな」
「魔法ですか」メンターとはおそらく、わたしにとってリカさんにあたる、指導者を指す言葉なのだろう。
「ああ、魔法。それがほしかった。だから呼び方なんてのは、魔法少女でも魔女でもなんでもよかった」
「その魔法のことなんですけど……」
わたしはまず、こう訊ねた。「研究会に入る前に、あの音源は聴きましたか」
「聴いたよ。好きな感じだったね。違和感はなかった。中学のころからハードコアを聴いてたからね。だからまあ、魔法は半信半疑だとしても、音楽サークルとしてありだと思ったんだよ。けっきょくは好奇心が勝ったってところかな」
「えっと、おぎわらさんの柱は」
彼女は上をむいて、タバコの煙を細く高くはく。「なんだったかなあ」
いや、そんな……、なんだったかなあって。
「つまりそれって、自分の中心とする音楽だろ」そう言って、「いま選んでいいならピストルズ」彼女は歯を見せて笑った。わたしは苦笑いを浮かべた。
「ハードなものなら何でもありだった。パンク、オルタナ、ハードコア、それから……」
いや、「それってメタルから外れませんか。特にパンクとか」
「なんで? 大昔は知らないけどさ、メタルはパンクの影響も受けてるよ。八十年代後半にハードコアパンクとヘヴィメタルのクロスオーバーの流れがあったんだ。そうやってメタルは進化してきた」
だから、と彼女は――言われてみればメタルとパンクの雰囲気が入り混じった店内に目をやって、「その組み合わせは、奇抜でもなんでもない。あんた、勉強不足だな」
びしっと言った。
「すいません」
顔が赤くなってしまう。
不思議と嫌な感じはしない。彼女の、歯に衣着せぬ物言いは、どこか温かく、後輩を指導するようでもあって、嬉しくさえ思った。
「まあ実際は、いちいちそんなことを考えてたわけじゃない。わたしはクールな音楽を好んで聴いた。ただそれだけだよ。あ、お客さん。ちょっと待ってて」
彼女がわたしから離れる。そのしなやかな背中を目で追った。

会ってまだ間もないが、わたしは彼女の開放的な魅力に惹かれはじめていて、メタルにパンク、エトセトラ、奔放な音楽センスは彼女らしいな、と、そんな知ったふうなことまで思ってしまった。
そうだ、今のうちに要点をまとめておこう。営業中のお店にあまり長居はできない。
水島選手、魔法について、魔女ロウィン、リカさん、卒業後のこと……。

水島選手に関する彼女の回答は、ちょっと面白かった。
「水島って、ディーパのことか?」
「ああ、そういうコードネームだったんですね」
「コードネーム? 普通に渾名だけどな」
ディーパさんか……。おぎわらさんの呼び方からは、仲の良さそうな感じが伝わってくる。わたしはそのとおりに感想を言ってみた。
「ああ、ディーパとは親友だよ。あいつはいいやつだ」
わたしはうなずく。このおぎわらさんになら、率直に訊ねてもいい気がした。「金メダルのことなんですけど……、その、ディーパさんは魔法を使ったんでしょうか」
「そう思うよ。あいつはすげえ」
ああ、本当だったんだ……。
「あの、魔法について、わたしに詳しく教えてもらえないでしょうか」強い口調で言った。
いっぽう、それを受けたおぎわらさんは、少し考えるふうだった。
「……その資格はないな」
「え」どういう――、
「わたしは魔法少女じゃないんだ」
「あっ」すいませんと言いかけて止める。
「あんたのメンターはだれ?」
「は、はい。リカさんです」
「あいつか……。曲者だな。わたしは好きじゃない」
それは――言い方こそ違えども――リカさんのとったリアクションと、ほぼ同じニュアンスに感じられた。
この二人が水と油なのはよくわかる。ファッションからして百八十度違う。「そんなにいいもんじゃないよ、魔法少女なんて」
少し唐突にも思えるタイミングで、おぎわらさんが言った。遠くを見るように、宙に煙りを吐きだした。「わたしたちペアは例外的に幸運なケースだったんだ」
そのあと、「わたしからのアドバイス」と言って焦点をわたしに戻す。「あまり真剣にならないようにな」
「ええ、わかってます」わたしは答える。

わかっていなかった。
言葉とは裏腹に、目を輝かせていたと思う。
逆に火がついてしまったのだ。魔法少女は綺麗ごとじゃない。わずかな奇跡の可能性をもとめて、傷つきながらも前進する。まさにわたしの憧れた姿そのものだ。そして、果敢に壁を乗りこえて、見事、夢をかなえた先輩が存在する。それだけで充分だった。

「まあ、言っても無駄だろうな」
彼女は、身体をむこうに向け、レジの脇の灰皿でタバコの火を消した。
それからおもむろに、「これはわたしの推測なんだが」と、背中を見せた状態で言った。「研究生がペアを組むのには意味がある。ペアのうち、魔法少女になれるのはどちらかひとり。ひとりは、なれないんだ」
「え、でも、リカさんはそんなこと……」
こちらに向き直った彼女がはっきりと言う。「あいつをあまり信用するな」
わたしは激しく混乱した。
身動きがとれない。いったい、どちらを信用したらいいのだろう。

彼女は、ふうとため息をついた。「せめて安くしてやる。買っていきな」
言葉の意味がわからずにいると、かまわず彼女は、商品棚から何枚かTシャツを集めてきて、わたしの前に置いた。それは――バンドTシャツだった。わたしの柱、アイアン・メイデンのもの。
「これですか!」
エディ。例の、リアルなゾンビのようなキャラクターが、前面にでかでかとプリントされている。さすがにこれは着れない。
「まだ聞いてないのか? じきに要求される」
わたしは茫然とするが、「一枚五百円にしておいてやるよ。今度、違うバリエーションのやつも入荷しておく」
この状況下でさすがに断るわけにもいかず、まだ訊きたいことも残っていたのだが、二枚だけ購入して、わたしは店を出た。「また来いよ」と彼女は言った。

ひょっとして、たんに売りつけたかっただけとか……。
一瞬そんな考えもよぎったのだが、後日、リカさんから本当にそのことを言われた。
「これからは、なるべく柱に関係するアイテムを身に着けてほしいの。メタルの魔力とシンクロするには、常に柱とともにあるという感覚が大切になるのよ。――え、そうね、バンドTシャツがベストね」
この出来事によって、おぎわらさんへの信頼度がいっそうアップした。
キャラクターは違っても、みんなそれぞれのやり方でわたしを応援してくれているんだ。
迷いを振り切る。そして以前よりいっそう修行に身を入れるようになった。
 
後日レイに、おぎわらさんと会った日の話を簡単にした。彼女はディーパさんと聞いて、天然パーマが名の由来ではないかと言った。ディープなパーマ……。おまえは完全に天然だけどな!
そしてあの、「魔法少女はどちらかひとりしかなれない」
推測の域を出ない、不確かな情報だ。きっと話したところで、相手を混乱させるだけ。そのことは言わなかった。

「ふたりとも、ビッグニュース!」
また同じころ、「逸材が現われたらしいの」と、めずらしく興奮した様子で、リカさんが告げにきた。「最強の魔法少女になるんじゃないかって話題になってるわ」
そしてわたしを見た、と思う。今度は気のせいでない気がする。言外に、「うかうかしてられないわね」と、そう言っている気がした。
「すいません。らしい、というのは?」
「まだ確認ができていないのよ。その子は関西支部の子なのね」
「他にも組織があるんですか!」

リカさんの説明によれば、ロウィンは一時期、関西の大学に赴任していたことがあって、その当時組織した「魔法少女研究会 関西支部」が、小規模ながら現在でも運営されているのだとか。
さらに別の日リカさんは、わたしだけのときを見計らって、こう打ち明けた。「はじめて会った日ね、あなたには、最強の魔法少女になれる資質があると思ったの」
驚いた。
最強? 最強の魔法少女って、わたしが――? 
直後リカさんは訂正を加える。「けど今は違う。関西のその子にわたしはまだ会っていない。だけど素質というなら、向こうのほうが上――」
そのあと彼女は、「わたしはあなたを信じてる」と、そうも言ってくれた。「せっかくだもの。最強の座は、わたしの教え子がとってほしいわ」

わたしは誇り高く、さっそうとキャンパスを歩いた。
もう迷ったりしない。
エネルギーが上昇する。生命力の輝度が上がってゆくのがわかる。きっと、若さによる美しさも絶頂期だった。このときのわたしは、五感までが敏感になったようで、つねに誰かの視線を感じていた。その誰かのなかには、素敵な男性もいたのかもしれない。
けどいい。
今は、そんなことに関わっている暇はないの。

「――ねえ、ほのかちゃん、今度飲み会があるんだけど行かない?」大学の講義のあとにさきちゃんが誘ってくれたのだけど、「ごめんなさい、わたしやることがあって」
「メイデン!」レイが割り込む。「早く行こうよ。渋谷の中古店ぜんぶ制覇するんでしょ」
「メイデン?」
「いや、なんでもないの。せっかく誘ってくれたのにごめんね」
さらに数日後――、
「ほのかちゃん! どうしたの、そのTシャツ」
「ええ、ちょっとイメージチェンジ」
「そ、そう……」
「あ、さきちゃん、誘ってくれてた飲み会なんだけど」
「え、あっ、あれなくなっちゃったんだ。そうそう」
「……ふうん」
そんな調子でクラスメイトは遠ざかり、飲み会という名のつまりは合コンも遠ざかり、男子の影は遠ざかっていった。
寂しいことではある……。だが、目標のためにはそれもやむなしと思っていた。
 
佐々木さん、
……………。
あの、
……………。
なんだか遠くで声がするような――。
「あの、佐々木さん」
「はい?」びくんとする。
「興味があったらなんだけど……」
意外にも、わたしの目の前にいたのは女子社員Cで、さらに意外なことに、それはなんと、合コンのお誘いだったのだ。
なんでわたしに? 驚き、訝しみ、しばらく考えさせてと他に予定のありそうなふりをしたが、わたしに差し迫った予定などあるわけもなく、いまや断る理由はどこにもないため、OKした。

合コン……。面識のない複数の異性と向き合い、探りを入れ、アピールし、露骨に恋人探しをするという人為的につくりだしたオポチュニティ(機会)。わたしは軽く眩暈がした。まったく勝手がわからない。
それは二十六歳にして、人生はじめての合コンだった。

金曜の夜。チェーンの安居酒屋に予算をプラス千円したような、つまりは安居酒屋。その個室。人数は四対四だった。
おそらくどいつも三十オーバー、スーツ姿の男たちからは何の特徴も感じられない。なに? どこの会社も泥人形ばっかなの? 仕方がないので、端から合コン戦士A、B、C、Dと名付ける。

女性の側はわたしのほかに、女子社員Cとその友人、その友人の会社の先輩という、ばらばらな組み合わせだった。勝手がわからず、とりあえずいちばん端に座る。
ヘイ! 合コン開始。
全員でジョッキをぶつけ合った。なるほど、これが戦闘開始の合図なのだな。

最初のほうこそわたしは質問攻めにあった。が、それも徐々にまばらになる。それって失敗ってこと? それすらよくわからない。ただ言えるのは、全体的に見てもさほど盛り上がっている様子はなく、わたしの逆サイド、女子社員Cとその友人のいる一角が、男性陣とかろうじて会話をつなげているといったふうだった。
わたしの正面の男も、完全に対角のむこう側を向いてしまっている。うむ、困った。ぎこちのないわたしは、お高い、つんとした態度に映ってしまったのかもしれない。ただでさえ、冷たい感じがするとよく言われる。
男性陣への興味以前の問題。この場でいったいどう振る舞っていいものやら……。

いたたまれなくなったわたしは、後半、となりの初対面の女性とずっと話をしているという始末。「えっと、おいくつなんですか」「三十二です。佐々木さんのお仕事はどういった?」「派遣で事務をやってます、はは」
こんな感じで。
となりの地味な雰囲気の女性は、今日の合コン戦士たちに興味がないためか、わたしと会話を続けてくれて、助かるといえば助かるのだが、戦いの場から早々に離脱してしまった自分に、われながら情けなくなる。

そんなわたしでも、合コン戦士のひとりと一度続きそうになった話題はあるのだ。しかもめずらしく音楽の話題。この話題はたいていうまくいかない。
たとえば、わたしが流行りの邦楽をさして、好意的なコメントを口にしたとする。すると相手はきまって、この曲は詞がいいんだよね、とか知った口を利きだす。するとわたしは、まずリフだろうが! と苛立ってしまい、結果として、以降、会話が盛り上がらなくなるのだ。

なお、リフとは、ギターやベースの奏でる「ジャッジャー」「ズーンズーン」等、何度も反復する、短い、印象的なフレーズのこと。それはロックをベースとする音楽の基本である。骨格である。それを、ただの伴奏とでも思っているのだろうか。ふー、許せん! ふしゅー、と、まあ、音楽的な(いや、全般的なのかな……)この許容量の狭さ。そんなんだから、もてないんだ。

だけど今回わたしの斜め前にいた男は、ザ・フーのドラマー、キース・ムーンの奏法や、初期のクラッシュの荒々しさなどについて、さも玄人のように語りだした。ブリティッシュロックで知らないものはないと豪語する。きらりと光る銀縁のメガネ。自己主張の強そうな、えらく饒舌なやつだった。
わたしは、ふーん、と思い、
「4大ブリティッシュ・ハードロックバンドってわかります?」他の人に聞こえないように訊ねてみた。
男は慌てて、バンド名を思いつくまま挙げていくが、ひとつ足りない。見かねて、
「ユーライア・ヒープですよ」
すると、「本当にそんなバンドあるの? これまで聞いたこともないんだけど」男は己の無知を認めない。それ以降は防御に走り、テーブルの逆側を向いてしまった。
ほら、音楽の話題は絶対いい方向に転ばない。それにしても、
――ちっちゃいやつ。

それは、基礎知識としてリカさんが教えてくれたものだった。魔法少女の基軸である各人の「柱」のほかにも、当然聴くべき音楽、つまり必須科目がある。
たとえば、スラッシュメタル四天王。一般的なロックファンにも有名で、比較的聴きやすい、メタリカとメガデス、より凶悪なスレイヤー、日本では知名度のやや劣るアンスラックス。どれも最重要の必須科目だ。

先ほどの4大ブリティッシュ・ハードロックバンドは、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバス、ユーライア・ヒープを指す。このうちメタルとして重要なのは、サバスとパープルである。
なお、逆に「よくない」とされる音楽もあって、軟弱なポップスはもちろんのこと、スタイル重視のパンクもNG。また、バンドでいえば、オアシス、U2、ニルヴァーナもなぜかバツ。この理由をリカさんに訊ねたところ、回答は、「メタルの専門誌に載ってないでしょ」だった。
意外と権威主義……。

そして問題の合コンだが、二次会の流れにならなかったのはもちろんのこと、帰り際も、男性から連絡先の交換すら求められず、駅に着いたころには、合コンの最中ずっと話をしていたとなりの女性と、ふたりきりになっていた。なんとも情けない……。

ホームで電車を待つあいだ、彼女はそんなわたしに訊ねる。「佐々木さんって、こういうの、あまり興味ないんですか」
「え、ええ……、まあ、わたしは数合わせっていうか」
「じゃあ、彼氏がいるんですね」
「いや、それが全然いないんですよ」
「え、どうして!」
「はは」
彼氏がずっと出来なくてひねくれてしまったわたしは、「綺麗なのに、なんで彼氏がいないの!」と驚かれることが、ゆいいつの生きる楽しみでもあるくらいなのに、今日はなんだか、そんな会話すらむなしかった。

また彼女は、弱々しくこう言う。「わたしもこういうところで上手くいかないんです。せっかくだから、連絡先を交換しませんか」
「そうですね……」
バッグの携帯を探す。
男性からまったく口説かれることなく、帰り際に女性同士なぐさめ合って、せめてもとたがいの連絡先を交換する。……自虐の極みだな。

わたしは相手のデータを無線で受信しようとしたが、操作に慣れていないため手間取って、そうこうしているうちに電車がきて、ようやく受信に成功したところで、電車に飛び乗ることになった。
「すいません、またなにかありましたら」発車の間際、ホームに残った彼女に声をかける。
「ええ、連絡くださいね」
扉が閉まる。相手に合わせて、ガラス越しに小さく手を振った。
連絡くださいね、か……。そういうの苦手なんだよな。気づけばわたしは、友達を作ることすらおっくうになっていた。

わたしのはじめての合コンの成果――得られたものは、同性の連絡先だけ。
電車の空調が心地いい、いまだ蒸し暑い夜のなかで思う。
いったい、どうやったらわたしに彼氏ができるんだろう。合コンを経験して知ったもの――それは絶望だった。なぜなら、これまでのわたしは、それを経験していない自分に、一縷の望みを見いだすことができていたから。
今夜は、とびっきりヘヴィなやつ聴きたいな――。

【次回予告】鋼鉄のメタル談義

【おまけ】
イン・フレイムス


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