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#146 伝説の川上くん(まったく勇敢ではない恋のうた)

大学時代の友人、川上(仮名)くんについて語らざるを得ない。わたしの数少ない友人である。
わたしと同じく、イケメンかつ高学歴、わたしにはないスポーツ属性もある。それなのにモテない残念なひとであった。

彼のことをよく表すエピソードがある。昔、初期のプレステに「ときめきメモリアル」という恋愛シミュレーションゲームがあった。そのジャンルの草分け的存在ではないかと思う。

やることは非常にシンプルで、週ごとに何をするかを選択する。勉強、スポーツ、女の子をデートに誘うなど、バランスよく学園生活を送ることで、複数の女子と仲良くなり、最後は卒業式にひとりの女の子から告白されるという流れ。何人かで一緒にプレイするとけっこう盛り上がる。

川上くんは、ゲームの中だから自由に行動すればいいのに、高校時代の自分を忠実に再現してしまい、すべて「勉強」を選択した。そして卒業式には誰も現れなかった。
高校時代は実際そんな感じだったのだろうし、不器用ゆえにゲームのなかでも自分を偽ることができないのが、川上くんだ。

川上くんは不器用が関係あるのかないのか、本番に弱い。模試では東大に受かるのに、本番では3回落ちた(その後別の大学に)。学部では成績がトップなのに、大学院の試験に落ちる。代わりに、彼のノートを写して学部の単位を取った人たちが大学院試験に受かっていった。なんという不条理だろう。さらに、就職は(以下同様)。

本来は美徳であるはずの、まじめさや実直さが、なぜか不運を呼びこむ不遇のひとだったが、転機が訪れる。

就職して何年かが経ち、結婚することになった。そのこと自体は驚くことではない。本来はモテてもまったくおかしくない人間だ。理系の生活環境は、そういうひとの人生をバグらせる。本当に。

驚くべきは、結婚後しばらくして、川上くんの家を訪ねたときに、彼の奥さんから聞いた衝撃的な事実。結論からいうと、奥さんと付き合うにあたり、彼は何もしていない。ひたすら晩飯を食べていただけだ。

会社の先輩から合コンに誘われ、その日は、(たぶん)4対4くらいで居酒屋にいたという。そこに奥さんもいた。
川上くんは合コンの場でほとんどしゃべらなかった。ただ、料理を食べていたのだという。学生時代から変わらない安定の不器用感だ。

合コンの終わりかけ、電話番号の交換会がはじまった。奥さんはとてもモテる人のようで、電話番号を聞かれることなど当たり前のことだった。それなのに、川上くんだけが聞いてこない。「え、どういうこと?」と思った奥さんは、自分から交換を申し出た。

帰宅後、奥さんは川上くんに今日のお礼のメールを送る。返ってこない。え、どういうこと?
翌朝、「寝てました。すいません」的な返信が返ってきた。これまで常にモテてきた奥さんからすると、衝撃的な出来事だったようだ。奥さんは、カルチャーショックで何かのスイッチが入ってしまい、川上くんのことが非常に気になりだした。

自分からデートに誘う。こんなのははじめてのこと。自分から付き合ってくださいと言う。これもはじめて。それなのに「ちょっと考えさせてください」と言われてしまう。え、どういうこと?

衝撃の連続。恋愛は、追われるよりも追うほうが、好かれるよりも好きになるほうが、圧倒的に楽しいのではないかと思う。
川上くんは奥さんの人生観を一変させたのだ。彼の不動の実直さが他人の人生を動かした。そして、先の結婚することになったのくだりにいたる。

すごい話だなあと思う。お宅訪問をしたときに、奥さんに対する川上くんの話し方が、わたしに対する話し方とまったく変わらないのも驚いた。
彼は、決して自分を変えない。自分を貫きとおし、結婚にいたるまですべて相手に行動させてしまった。
川上くんをただ讃えつつ、話を終えようと思う。

《隠しトラック》
この話を聞いて、わたしは願ってしまった。交際から結婚まで、すべて相手からだなんて。自分にもそんなことが起こらないだろうか、と。
願いはかなう。願いは呪い。

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