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人生最大の過ち、認知的不協和を越えて

みなさんの人生最大の過ちは何でしょうか?
どうやらこの問いは、想像以上に重要なもののようです。

よく「こじらす」と言うじゃないですか。
すぐに過ちを認めて修正すればいいものを、初期の段階でそのきっかけを逃してしまったがために、雪玉がどんどん転がって巨大な雪のかたまりになる。とんでもないスノーマンに、すなわちモンスターになる。

この人、なんでこんな仕上がりになってしまったんだろう、という人は、元を辿れば、ちょっとした凡ミスに行き着くのかもしれません。

たとえば、先日、池袋のホームですごい人がいた。
ダイヤ乱れでホームが混雑し、階段にもそれなりに人がいた。駅の階段には、上る人、降りる人のマークがあるじゃないですか。非常に混んでいたので、降りる人用の場所にも上がってくる人たちの列があったんですね。まあ、混んでいるし、その区分けも厳密なものではないから変な話ではないでしょう。

ところが階段を降りようとする若い男が、その上ってくる列に、まるで誰もいないかのごとくに突っ込んでいく。まさかと思ったが、完全にぶつかりにいっている。「やめてください」という女性の声がした。その後、別の女性を吹っ飛ばした。
男は人混みに消えていった。人混みの中に紛れれば、捕まらない自信があったのかもしれない。
わたしは怒りに駆られたが、同時にとんでもないこじらせ方をした人間もいるものだと思った。女性に並みならぬ恨みがありそうだ。

まあ想像でしかないが、元をただせば、しょうもない認知の歪みが原因の気がする。昔、女性がらみで嫌なことがあった⇒女性は悪。
そんなわけないのだが、認知が歪んだ期間が長ければ長いほど、妄想は肥大し、戻れなくなる。

この男は、誰の目から見ても完全なるモンスターでしょう。
もしモンスターから人間に戻る方法があるとすれば、最初の小さな誤ちにまで立ち返って間違いを認めるしかない。すべての期間の過ちを認める必要がある。
イメージとして下の積分の図を見ていただきたいのだけど、それにはとんでもないエネルギーを必要とする(時間の経過(p)と認知の歪みの拡大(q)にともない、面積(S1)が加速度的に大きくなる)。

この話は、この男に限らず、誰にも起こり得る話だと思う。

このメカニズムは「認知的不協和」という考え方で説明できるようです。
自分の信念(習慣となっている考え方)が事実と異なっていた場合、人はその矛盾によってストレスと不快感を感じる。
自分が間違っていたと認められればいいのだけど、自分の頭の悪さを認めることになるため、多くの人は受け入れられない。労力や時間をかけてその信念を獲得したのだとしたらなおさら。

よって、われわれは何かのモンスターになっている可能性が少なからずある。
モンスター化は、モンスター本人も苦しいし、周囲も苦しい。
なによりモンスター本人は自分がモンスター化していることに気づかないという難しさもある。

だが、解決策はある。心にとって非常に苦しい試練だけれど。
それが冒頭の問い。
「みなさんの人生最大の過ちは何でしょうか?」

この問いに正しく答えることが、モンスターから人間に戻る手段だと思う。
過去にさかのぼり間違いを認めることで、あの日、易き方向に逃げた認知的不協和をキャンセルする。

わたしの人生最大の過ちは、2つ年下の弟を無視したことだと思う。
14歳のときにふとしたことで弟を無視をし、その後、20年間口を利かないことになった。小さなことが雪だるまになった好例だ。
もちろん、望まない引っ越し、生育環境、親の教育方針など、いろんなことが背景にあったのだけど、不利な状況を自らの手でさらに悪くしただけだった。
良好な人間関係が基盤になければ、ひとは狂う。家族はもっとも基本的な人間関係の基盤だ。

わたしはその後、心を病み、心の暗闇を10年以上さまよった。
わたしはモンスターだったのだと思う。モンスター化は、外側の行動だけに現れるのではない。心の内側にも発現する。

わたしが間違っていた。
大事な弟を無視するべきではなかった。わたしが少しだけ我慢すればよかった。
間違いを認めるまで、あまりに長い時間が経ってしまった。

今さら何が変わるわけでもない。今では、会えば口を利くほどにはなっているので、これから劇的な和解があるわけでもない。
心の中で願うだけ。どうか君もぼくも正しい人間として生をまっとうできますように。
モンスターは、ポケモンだけでいいです。

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