干瓢巻きとの再会

 2週間ほど前に、バリアフリー演劇結社ばっかりばっかりのズームでの朗読会を聞いてからというもの、無性に干瓢巻きが食べたくて溜まらなかった。
 その朗読劇での作品が、中国(だと思われる)から日本に来た笑い目が特徴の青年が、東京のお寿司屋で修行をするというようなお話で、その中に干瓢巻きが出てくるのだ。
 そういえば最近干瓢巻きという物を食べていなかったなあと、朗読劇を聞きながら思った。
 子供のころ、私はなぜか干瓢巻きが好きだった。お寿司といえば干瓢巻きだった。
 しかしそれが大きくなるに連れて、マグロやサーモンの美味しさを覚えたことで、「お寿司はマグロとサーモンが好き」と言うようになり、いつしか干瓢巻きの存在はどこかに追いやられていた。
 そんなことを、ばっかりばっかりの朗読劇を聞いていて思い出したのだった。

 朗読会終了後、いったいどこなら干瓢巻きが手に入るだろうかと考えてみた。
 1番手っ取り早そうなところだと、毎週月曜日のお昼前に近所に来る移動スーパーなら干瓢巻きがありそうかもと思った。朗読会の翌日は月曜日だったから、早速明日行ってみようと思った。
 ところがである。この連日の気温差や、プライベートでのごたごたのせいもあるのか、朝起きるのがしんどかったり、執筆作業や読書をする気が起きなかったり、情緒不安定気味になったりと、鬱っぽくなってしまった。そのため移動スーパーに行く気力も湧かなかった。
 仕方ない、移動スーパーは諦めるか。

 それから1週間ちょっとが過ぎた木曜日。
 相変わらず鬱っぽい感じは続いていたけれど、この日は午前中にヘルパーさんとの散歩の予定が入っていたので、気晴らしがてら外に出てみた。
 散歩がてらいつもコンビニで昼食を買って帰るのだが、もしかしたらコンビニなら干瓢巻きに出会えるかもしれない。祖母が認知症の影響もあるのか、毎日のように近所のコンビニで助六寿司を大量に買ってきていたから、あの中に干瓢巻きが入っていたかもしれないと思ったのだ。
 期待を抱きコンビニでヘルパーさんにお寿司のコーナーを見てもらうと、確かに助六寿司はあった。だがその中には干瓢巻きは入っていなかった。いや、厳密に言うと干瓢が入った巻きずしならあった。しかし私が求めているのは純粋な干瓢巻きなのだ。卵やデンブなどはいらなかった。
 残念ながらコンビニでも干瓢巻きには出会えなかった。
しょうがない、こんど母とスーパーに行った時にでも探してみるか。

 そんな中スーパーに行ける日を待っていた昨日土曜日である。
 姉一家と母が、夕食にテイクアウトのお寿司屋さんでお寿司を買ってきてくれた。その中にあったのだ。干瓢巻きが…!
 あまりの嬉しさに、本来なら先に姪っ子たちに食べさせてあげるべきだったのかもしれなかった干瓢巻きを、叔母の私が勝手に3切れも取ってしまった。
 それはものすごく美味しかった。干瓢巻きってこんなに美味しかったっけと思うぐらいに美味しかった。特に干瓢と寿司飯が合わさった時の、どこか素朴で甘くてしょっぱい味が良いのだ。
 そうか、私はそんな干瓢巻きの味が好きだったのかもしれない。
 何年かぶりの干瓢巻きとの再会に、改めて干瓢巻きの良さを思い知ったのだった。

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