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ファッションの経済vol.1: ハイブランドの快進撃とその対価

私も年頃の女子なので人並みにファッションに興味があるわけだが、ビジネスマンとしても今ファッション業界は非常に「アツい」。
不景気だというのに、ファッション市場全体の収益は年々増えており、今後も成長し続ける予想だ。下の図によると2024Eの収益は7,600億USDで前年度比成長率は+12.8%とされている。

ファッション市場収益成長推移と予想 (Statista参照)

かといって、ビジネスサイドのお堅い大人たちがファッションの動向や流行りを掴むのは難しいわけで、ドライな分析になりがちな業界でもある。

ついては、ファイナンスにもファッションにも興味があるの20代女子の視点でファッション業界のビジネス事情について
「ファッションの経済: Finance of Fashion (FOFF)」
というシリーズで書いていこうと思う。
流行が知りたいだけならVOGUEやHarper's Bazaar、はたまたインスタでイケてるモデルを参考になさるのがよっぽどよろしいだろう。
しかし、「それって実際なんで売れてるの?」というところに少しでも興味があれば、是非この「ファッションの経済」シリーズで一緒に考えていけたら嬉しい。(※ファッションについては専門家ではないので、訂正・扱うべき題材の推薦・反論や知識の付け足しなどがあれば、ぜひコメントにてご教授いただきたい。)

さあ、記念すべき第一回目はみんな大好きハイブランドについて!


1. Haute la Mode:
 ラグジュアリーファッションの現状

2024年に入って、Forbesの長者番付の1位がテスラや「X」でお馴染みのElon Musk (2045億USD)からBernard Arnault and Family (2078億USD)に変わったことが大々的に報じられた。このArnault家は、ルイ・ヴィトンやディオールをはじめとするファッション、ティファニーやブルガリをはじめとするジュエリー、更にはドンペリやモネをはじめとする酒など、手広く「ラグジュアリー」ブランドを経営するLVMHグループのオーナーである。

Forbes長者番付(2024年1月31日現在)

1-a) ラグジュアリーブランドを束ねる巨大グループ企業

ラグジュアリーファッションを語る上で必要不可欠なのが、LVMHをはじめとする「グループ」の存在だ。下の図の通り我々が日常で目にする無数の高級ファッションブランドのほとんどは10やそこらのグループに分けることができる。これらのグループ会社は日々、島取り合戦の如く合併と買収を繰り返している。例外としてはCHANEL・HERMES・VALENTINO・BURBERRY・ROLEXなどが数少ない独立企業として有名だ。

主なハイファッショングループ会社相関図

1-b) グループ巨大化のメリット

ラグジュアリー市場はどの商品・ブランドも客層がある程度被るので、グループが巨大化すればするほど、サプライチェーン・マーケティング・PRにおいてリソースを共有による経費削減が可能だ。さらに、流行が売り上げを大きく左右するファッション業界において、ポートフォリオに多種多様のブランドを含めることは企業としての安定性を保つことにつながる。一方でブランド側からすると、グループの傘下に入ることは多少の創造的自由を犠牲にする代わりに、業績が一時的に落ち込んでも金銭的な危機は免れるという安心毛布を手に入れることができる。いわゆるWINWINな関係というやつだ。このようなインセンティブのおかげで、大きなグループは今後もより大きく、独占的な市場を築いていくことが予想される。

1-c) 直近のM&A事例

最も記憶に新しい大型M&Aは2023年8月に発表された「タペストリー」による「カプリ・ホールディングス」の85億USDでの買収だ。COACHやkate spadeなどアメリカを代表するブランドを数多く従える「タペストリー」とVersace, Jimmy Chooなどを従える「カプリ・ホールディングス」は両者ともニューヨークに本社を構える米資本の企業である。市場の見解としては、この度の合併は現在ラグジュアリー業界を独占しつつあるヨーロッパ資本のコングロマリット(シェア1位から3位のLVMH、KERING、RICHEMONTはいずれもEU資本)に対する米資本企業の対抗策であるとされている。また、ビジネスサイドのシナジーに関しては、「タペストリー」が「カプリ・ホールディングス」のヨーロッパ・アジアへの強いリーチを手に入れることが大きな目的といえる。
「タペストリー」のプレスリリースによると、合併前の会計年度において2社を合わせた年商は120億USD・調整後営業利益は20億USDであり、合併後は3年以内に2億ドルを超える経費削減が見込まれている。

2. The Luxury Monopoly:
 ラグジュアリー界の立役者LVMH成功の秘訣

2-a) Diorを破産から救った男 aka.「カシミアを纏った狼」

2020年1月28日 パリ・フランスで行われたLVMH株主総会に出席するアルノー氏

1970年代、ライセンスの問題や安価な模倣品の流通によりDiorのブランドイメージは停滞。1978年Diorは事実上の破産をし、Agache-Willot textile groupに買収されるが、こちらも1981年に破産。その後、投資家のMarcel Boussacに買収されるが事業は思う様に軌道に乗らず、危機感を感じたフランス政府による買収先探しが始まるものの、なかなか決まらないでいた。そこで救いの手を差し伸べたのが、当時35歳のBernard Arnaultである。25歳で父親の不動産事業を受け継いだアルノー氏はその事業を担保に資金を調達し、1984年に売りに出ていたDiorを所有するBoussac Groupを親会社であるWillot Groupごと買収することに成功。買収後の2年で9000人もの従業員をリストラし、大幅なコストカットに乗り出す。さらには、ブランドが所有していた織物工場や繊維部門を5億USDで売却しオフバランス化。その余剰資金でLouis Vuitton Moet Hennessey社の株を買い占め、1987年についに吸収。社名を変更し、今日私たちが知るLVMHグループが誕生するのである。そこから2000年までの13年でGivenchy・Kenzo・Céline・Loeweなど13社を買収。その後も相次いで合併と買収を重ね、LVMHは2024年現在、75のブランドを傘下に置く業界史上最大のグループに成長。

2-b) LVMHの財務概要

  • 本記事執筆時点でLVMHの時価総額は3924億EUR (780.7EUR/株)。EU上場企業のうち、第2位の規模。

  • 株主リストは以下の通り、Christian Dior SE (アルノー家が97.5%を保有)とアルノー家の保有株を合わせて48.26%

  • LVMH浮動株は51%程度

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  • バリュエーションは以下の通り。PERに関しては業界1位を常にRICHEMONTと競っており、どちらも平均して20x以上をキープしている。(※RICHEMONTは90%程度が浮動株であることを考えると売り上げに対して高めのPERは納得できる。)

  • 2023年の過去最高売り上げ樹立を受けて、注目を浴びたLVMHであるが、現状では米・欧でのインフレの影響を加味し2024-2025年は売上に落ち隙を見せるとの見方が有力。

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  • ROE、ROA共にEU上場企業平均を大幅に上回る。

  • COVID後過去2年(2022-2023)のデザイナーブランド平均ROAが大体7%(@macrotrends)と考えると、同業コンプスと比較して1.5x程度資産効率が良いことがわかる。

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2-c) ハイブランド成功戦略の青図

基本的にはオフバランス化とリストラによる短期の財務改善と、サプライチェーンやマーケティング統合によるランニングコストの削減によって利益を厚くしていく、という教科書通りの財務戦略である。ただ、ラグジュアリーマーケットがその他マーケットと比較して、マーケティングヘビーな業界であることは特記しておくべきだ。LVMHのボードメンバーはほぼ金融かコンサル出身で成り立っていると言っても過言ではない。実際、LVMH最大のファッションハウスDIORのCEOはMcKinsey出身。これはLVMHに限ったことではなく、戦略コンサルのセカンドキャリアとしてラグジュアリービジネスやファッションビジネスに転向という話は欧米では特によく聞く話だ。
しかし、ビジネスとして成功しているからといってラグジュアリーマーケット自体がうまくいっているかというと、そうとも言い切れないということを、次の章で説明したいと思う。

3. Luxury But At What Cost?:
 成功の対価、ハイブランドの低俗化

3-a) ハイブランド大衆化の歴史

この記事を書くにあたって、友達に勧められてダナ・トーマスの "How Luxury Lost its Luster (邦題:脱落する高級ブランド)" を読んだ。少数の価値のわかる富裕層にだけ他では買えない最高のものを売っていた「ブランド」が、非常に排他的なコミュニティーの内でしか流通しなかったことによって、人々の憧れの的となり、だからこそ「ラグジュアリー」と呼ばれる様になった。それが、社会主義革命・産業革命・自由民権運動と社会の思想に適応していく過程で大衆化し、さらには近年のグローバル化とハイパー資本主義化の煽りを受けて、アジアで生産した安価な粗悪品を欧米でいかに高く売るかという搾取のビジネスに成り変わってしまった流れが非常によく説明されている。日本語訳も出版されている様なので、興味があればぜひ読んでほしい。ただ、この本は15年以上前に書かれたものだ。市場が現在に至るまでの経緯を把握する資料としては非常に有効だが、個人的には現状はこの本が書かれた2007年よりもさらに荒涼としているように思える。

3-b) 近年のマーケティング戦略・搾取される若者

アルノー家直近10年の資産推移 - Forbes.com

上の図に見て取れるように、2020年を境に過去5年の間に市場は大きく転換期を迎えた。考えてみてほしい。一昔前は、雑誌のモデルさん達や海外のファッションウィークのランウェイの写真などから今季のハイブランドのトレンドを読み取っていた私たちは、ここ数年、インスタやYouTubeなどで流行りのインフルエンサーから影響を受けることのほうが多くなってきたのではないだろうか…?よって、雑誌の特集やブランドのイベントにまでインフルエンサーが招待される様になり、もはや90年代や00年代のいわゆる「スーパーモデル」はいなくなってしまった。一種の憧れで手に届かなそうな雰囲気から一変、身近なインフルエンサーが持っていたら、「◯◯ちゃんが持ってたの可愛いから私もほしい」と思う様になるわけである。これは日本に限ったことでなく、世界中で起きていることだ。ちょっとした例だが、下のインフルエンサーのインスタを見ると、必ず数枚に一つはハイブランドとのコラボや広告だったりする。我々、若い一般人が消費のターゲットであるということが明確だ。

インスタで私がフォローしているインフルエンサーの一部

近年のハイブランドは、素材や質の良し悪しの知識が乏しく、可処分所得が比較的多い独身の若い層に対してデジタルマーケティングを駆使して一種のFOMO(※1) をもたらし、消費を促す…という、さらに搾取的なビジネスモデルになってきているというのが、若い消費者の一人としての個人的な見解だ。流行りに敏感で影響を受けやすいこの層は、そのモノ自体への執着は希薄で、どちらかというと「その時期にそれを所有していたこと」自体に意味を見出している。よって、所有物のターンオーバー期間が比較的短期で、粗悪品を高額で大量消費させるのに都合の良いターゲットなのだ。

※1:FOMO (Fear of Missing Out) とは、「見逃したり取り残されたりすることへの不安」を意味するスラング。SNS病の一種としても知られる。例) みんなが持っているものを自分だけ持っていないと流行りに取り残されたような気分になり自分も欲しいと思うようになる…など。

3-c) 大衆化を通り越した低俗化

残念ながら、この「流行りに敏感で簡単に影響を受けやすい層」というのは、上流中産階級以下に多い様である。
「証拠もないのに、なんでそんなことが言えるのか」という意見があるかもしれない。非常に道理にかなった意見だと思う。さまざまな媒体が、ハイブランド消費傾向の分析を出しているが、正直どれも観測的な分析で定量的なデータに基づいたものではなかった。これに関しては正直、ファッション好き女子の勘を信じてくれというしかない部分もあるのだが…。
消費ターゲット層が明らかに低俗化していることは、オートクチュールのデザインから少なからず感じ取れる要素もあると思うので、参考までにいくつか紹介したい。

90年代シャネル・オートクチュール

上は90年代のシャネルオートクチュール。ツイード・カメリアの花・存在感のあるファッションジュエリーなど、シャネルのハウスコードはバッチリ盛り込まれているものの、ロゴはほとんど使われておらず、斬新なデザインとシルエットで普段着とはかけ離れたインパクトがあるものが多い。
いくら大衆化したからといって、「身につけることができる芸術」としてのアイデンティティはまだ保たれていたと感じる。

90年代ディオール・オートクチュール

こちらは90年代のディオール。中央のジャケットのシルエットは有名な「Diorバージャケット」から影響を受けていつつも、斬新にリメイクされている。そのブランドのルーツと歴史を知っていればこそ、意味あるデザインだと理解できる様に作られているのである。

2024シャネル・オートクチュール

打って変わってこちら、今年のシャネル、オートクチュールの広告写真。「なんか普段着っぽすぎないか?」
と思うのは私だけではないはずだ。ツイードはかろうじて何着か残っているものの、ハウスコードガン無視のカラフルなデザインでぱっと見もはやシャネルだとは解らないデザインとなっている。

2024ディオール・オートクチュール

こちらが今季ディオールのオートクチュール広告写真。うん。あまりにも普通。これがZARAの広告ですって言われても正直びっくりしないクオリティーである。つまりそういうことなのだ。ハイブランドはもはやZARAのワンピースを好んで着るような層をターゲットにしている。

ZARA キャンペーン広告

ちなみに、こちらがZARAの2019年の広告。当然ZARAはハイブランドではなく、欧米ではユニクロと同じ値段で流通しているブランドである。もちろんこちらは一点モノのオートクチュールでもなんでもなく、普通に大量生産されて店舗に並んでいる品物である。

このように、素人目からしても、近年のハイブランドの質の低下は正直目に余るものがある。それでも、ここ数年ずっと最高益を更新し続けている背景には、トレンディーでチープだけど写真映えしそうな簡易的でカラフルなデザインのレディ・トゥ・ウェアを、SNSを使って、比較的若い層に大量消費させる法則をハイブランドが見出したからと言っても過言ではない。それは、近年のデザインの変遷を辿ってきた身からして、かなり自信を持って断言できる。

2023シャネル・レディ・トゥ・ウェア・ファッションショーにて

まあ、これがラグジュアリー業界が影響力を持ち続けるために時代に適応した結果だというのなら、しょうがない事なのだろう。ただ、私達ターゲット層の若い女子としては、「本当に買う価値があるモノなのか」ということを今一度考え直すことが、この業界の搾取の悪循環から離脱するための第一歩ではないかと思う。

ファッションに一つもありがたみも興味もないおじさん達が、私たちの純粋な興味と憧れを利用して、搾取している業界だということ。アートとしてのハイブランドの価値はもはや無いに等しいということ。そして、いわゆる「本物」の質がこんなに粗悪になってしまった今、ファッションの未来はもはやハイブランドには無いということ。だからこそ、ラグジュアリー業界が大衆から搾取し続けた先の未来はそう輝かしくなさそうだということ。これらは私と同世代のファッション女子達はすでに感じている事だと思う。
近年のY2Kブーム、ハイブランド古着やビンテージ市場への世界的な注目もその結果だと考えると納得がいく。

「高い=ものが良い・価値がある」というわけでは必ずしも無いこと。
ハイブランドの経済を読み解くと見えてくるのである。


では、またvol.2でお会いしましょう…
Adieu!


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