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憧れの調理用スプーンを買う

 私がそのスプーンを見たのは、映画「リトル・フォレスト」の冒頭シーン
でのことだった。

 とある田舎町で暮らす主人公のいち子は、梅雨の長雨に辟易としていた。鬱陶しいほどにまとわりつく湿気。そんな、水の中を漂うような湿度のせいで、台所に置いてあった木製の調理器具がカビてしまう。

 大きな溜息をついた後、いち子は意を決して、室内を乾燥させるために薪ストーブを焚く。とはいうものの、そこは梅雨。太陽は出ていなくても、しっかり暑い。家中が乾くまではサウナのような暑さに耐えなければならない。でも、いち子はくじけない。

 高温高湿は発酵向き。と、いうことで、その状況を利用して、薪ストーブでパンを焼くことにする。

 いち子は汗を流しながら、地粉をボウルにうつし、混ぜ合わせる。その手際よさに惚れ惚れするが、そのさなかに登場するのが、木製の調理用スプーンだ。

 パンを作る際、粉に水をまんべんなく行き渡らせるときには菜箸を使うことが多い。私も菜箸を使っていた。しかし、いち子はこのとき、菜箸ではなく、柄の長い木製の調理用スプーンを使っていたのだ。

 20から30センチほどの丸い柄の先には、小さじ一杯は入る程度の匙が付いている。この小さめの匙が使い勝手の良さに繋がっていることがわかる。

 まるで自分の手そのもののように、こまめに動く調理用スプーンに、私は目が釘付けになった。

 欲しい!

 便利な世の中になったもので、ネットを巡れば、ある程度の物は入手できる。私はこのとき、いち子の使っていたスプーンも、ネットで検索すればすぐ手に入ると考えていた。
 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 調理用のスプーン、というのは確かに存在する。
 木製、シリコン製、耐熱プラスチック製、様々なものがあるのだが、しかし、どれもいち子愛用の物よりも匙が大きいのだ。水を掬えば、50mlくらいはゆうに入ってしまいそうなくらい大きい。

 これでは、粉を混ぜたり、食材を掻き回したりするときに、小回りが利かない。

 街中を歩いていて、生活雑貨のお店を見かけると、ここにはないかと探してみる。可愛く、お洒落な調理雑貨が並んでいるものの、いち子のスプーンはない。

 100円ショップに、小さじ一杯分が計れる匙付きのシリコン箸があったので、おしのぎのつもりで買い求めてみた。

少し年季が入っている…。

 形がちょうどよく、混ぜたり和えたりするのに使いやすい。いい買い物をしたと思ったが、匙の部分がプラスチックのため、高温では使えない。使うたびに、これが木製だったら良かったのに…と、思う日々であった。

 映画の中で、主人公のいち子は、ほぼ、自給自足のような生活をしている。使っている調理器具はピカピカでキレイだったが、菜箸や調理用スプーンなどの木製のものは、使い込まれた味があった。
 一見、市販品には見えない。
 と、いうことはお手製の調理用スプーンなのだろうか。

 物を買うより、自分たちで賄うことが当たり前の人にとってみれば、木製の調理器具を作ることなど、もしかしたら朝飯前なのかもしれない。でも、私にはそんなスキルはない。

 諦めては探し、しばらく経つとまた諦めきれずに探し始める。
 そんな日々を繰り返して数年が経った今年、私はようやく、これならば、と思える調理用スプーンに出会った。

 まず値段が安い。
 送料はかかるが、それでも安い。万が一使って気に入らなくても、諦めのつく値段だ。

 届いてみて見ると、少しばかり匙が大きいと感じたものの、まぁ許容範囲内。匙はカレースプーンくらいの大きさだった。それでも市販の調理用スプーンの中でも匙が小さい方なのだ。


二本購入。鉄のフライパンの上に乗せてみた。

 炒め物や和え物などで使っているが、菜箸とスプーンのいいとこどりといった感じで使いやすい。細かい盛り付けなどは菜箸の出番となるが、そのほかのことは、この調理用スプーンにお任せできる。

 買ってよかったと思った。

 一つ欠点をあげるなら、ココナッツの木でできているせいか、少し繊維が荒いということ。全体的にざらつきがあり、スプーン型に切り出した部分にもざらつきがある。ささくれ立つことはないが、気になる人は気になるかもしれない。

 満足して毎日使っているものの、もし、いち子のスプーンと同じものを見つけたら、またそれを欲しくなってしまうだろうな、と思う。
 だとするなら、私の調理用スプーンの旅は、まだ終わっていない。ということになる。

 いち子と同じ調理用スプーンを使えば、もっとおいしい料理が作れるのではないか。

 そうやって抱いた憧れというものは、案外、心の中にしつこく居座るものなのかもしれない。




橋本愛さん、本当に料理の手際がよくて、惚れ惚れしました。

↑こちらの動画の0:14頃に、憧れのスプーンが一瞬登場します。

 

 

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