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ブームを起こした話

 小学生の頃、クラスでブームを起こしたことがある。

 公立小学校だったが、奨励服と呼ばれる制服があった。女子は細い吊り紐付きのプリーツスカート、男子は短パン。どちらも紺色で、冬には胸元に校章のワッペンが付いた上着もあった。

 そのスカートの吊り紐には、名札がつけっぱなしになっていた。
 昭和から平成へとかわる頃、個人情報なんて言葉はまだ身近で耳にすることはなかった時代。

 学校名の刺繍が入った布に、マジックで学年クラスと名前を記入してビニールのケースに収めるもので、今思うとなかなか凝った仕様だった。

 その名札ケースの裏に、私はジェルシールをひとつだけ貼っていた。
 まだ100均なんて存在しない。少ないお小遣いから近所の文具店で買ったそれは、ラメが入ったジェルが星や月の形のシールになっているお気に入りだった。
 授業の合間や登下校中、ちょっとしたときに名札をめくって5ミリほどの小さなシールを見て、ひとりで楽しんでいた。

 ある日、クラスメイトがそれに気づいて声をかけてきた。
「ねえ、それマネしてもいい?」

 その子とは特に仲が良かったわけでもなかったのに、勝手に真似するのではなくきちんと聞いてきてくれたことが嬉しかった。
 私は軽く「いいよー」とこたえた。

 それから数日のうちに、名札にジェルシールを貼る女子がどんどん増えていった。そして彼女たちは名札の表にも堂々と何枚も貼っていった。

 真似する子が増えたせいではないが、みんなが同じ(もっと派手)になったことで、私自身はなんとなく特別感がなくなってしまいシールをはがした。

 そして、さらに数日後、エスカレートして名前が見えなくなるほど貼る子が出はじめたことで、名札にシールを貼るのは禁止となった。

 私がはじめたという事実はだれも知らなかったと思う。声をかけてきたクラスメイトも忘れていたのか、黙っていてくれたのか、特に先生から注意は受けなかった。

 あっという間の出来事だったけれど、ブームってこうやってはじまるんだー、と子どもながら思った。

 後にも先にも私が起こしたブームはこの一回だけだったけれど。

これまでに、頭の中に浮かんでいたさまざまなテーマを文字に起こしていきます。お心にとまることがあれば幸いです。