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新築人生

 私の生家、小学校卒業まで暮らした家は築五十年以上経つ土壁に板張りの古い家だった。冬の隙間風にふるえ、夏の湿気に茹だり、家の前の路地にトラックが通れば、建具がガタガタとなる、そんなボロ家。

 中学生になった年に隣町のマンションに引っ越した。バブル期に計画されながら、着工する頃には泡ははじけており、さまざまにコストカットされた物件であった。
 阪神大震災の少し前だったが、キッチンと洗面所の水栓の止め方の上げ下げが違う、というのは当時としても違和感があった。
 それでも新築マンション、初めての自分の部屋に大いにうかれた。

 このマンションから私の新築人生がはじまった。

 大学受験を経て、上京(東京ではない関東地方だが、田舎者にとっては東京の扱い)する際、一人暮らしの物件探しのためだけに、泊まりがけの新幹線移動はできなかった。
 父親の仕事でかかわりのあった会社の方にお願いして、大学近くの不動産屋を紹介してもらった。父親の条件は「女子学生専用」であること。
 いくつかの物件のFAXが届き、その中で父親が気に入り、私の希望は全く考慮されずに決定された物件は「親族以外の男性の入室厳禁」というもの。大家さんとうちの父親は気が合うだろう、と思ったものだ。

 その物件は新築であった。
 女子高卒で彼氏もいたことのない私にとって、「親族以外の云々」は重要ではなく、「新品!」であることのほうがポイントが高い。珍しく父親に素直にしたがって入居した。

 なかなかおしゃれな部屋で気に入っていたが、一部の柱がコンクリート打ちっぱなし、というデザイナー思考と思われる作りで、冬のコンクリートはとても冷たいと知ることができた。

 冷たい冷たい氷河期をギリギリ乗り越えて、就職が決まった私は、親には言わずに次の物件を探した。
 今から思うと学生専用物件にしたことも、父親の思惑であったのかもしれない。
 実家に帰らず就職すること、そのために引っ越すことを認めてもらうために、なんとか条件のいい物件を探した。

 一軒家を建て替えて、一階に一部屋だけ賃貸を作った、つまり同じ建物に大家さんご家族が暮らすという物件が見つかった。
 地元に帰らないことを説得するのは大変だったが、その後、引っ越し先については何も言われなかった。
 こちらも、もちろん新築であった。

 数年後、転職した私は通勤時間短縮のために引っ越しを決意する。
 家賃相場とにらめっこをして決めた駅で、ふらっと入った不動産屋の担当者はとても親切で、かなり好条件の物件を二つ紹介してくれた。
 どちらも新築であった。
 その内の一方に決め、結婚するまでそこに住み続けた。

 結婚するにあたり、新居を探す。そこそこの年齢になっていたこともあり、賃貸と分譲、どちらも候補になっていた。
 夫の職場へアクセスのよい駅に新築物件があった。シミュレーションの結果、他の候補の賃貸料金とさほど変わらない金額でローンが組めそうだ、とわかった。
 なら買おう。新築物件を。

 私のこれまでの引っ越し先は全て新築である。
 だが、新築を絶対条件としたことは一度もない。

 この先何十年後になるかわからないが、新築の老人ホームが見つかれば、私の新築人生は完遂されるな、などと思っている。
 

 

これまでに、頭の中に浮かんでいたさまざまなテーマを文字に起こしていきます。お心にとまることがあれば幸いです。