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融通のきくレジ精算というものが、この世にはある

私はとっさの機転とか、不測の事態にパッと対応するということが不得手な人間でして、もし私がアクション映画の主人公だったら、最初の爆発とかアクシデントですぐに死んでしまうので、物語は10分くらいで終わってしまいます。そんな映画、つまらなすぎて、きっと観客が返金を求めてチケット売り場に殺到しますね。

世界というものは、もっとフレキシブルで、適当で、しなやかなのだと、私は最近になり学んでいます。

アジアンスーパーマーケットに豆腐を買いに行きました。中国系の店でよく見られるように、ここも家族経営のようで、息子と思われる若い男性が商品の搬入と品出しをして、レジにはお母さんと思われる中年女性が座っています。お母さんは、時々、息子の方へ歩いて行き、何か中国語で怒鳴って、レジに戻ってきます。

私は味噌と米粉麺2袋と、豆腐を2丁買いました。豆腐はスペイン本土で中国系企業により作られているもので、日本でよくある1丁よりも1.5倍くらい大きくどっしりと重く、おいしいのですが、家に帰るまで1キロ以上徒歩なので、2丁以上買うのは抵抗があります。

お母さんがレジをしてくれて支払いを済ませ、私は店の入り口から出ると、そこには、店のお父さんと思われるおじさんがタバコを吸っていました。

私は買い物袋に投げ込んでいたレシートを取り出し見ていると、レシートには豆腐3つと刻印されていました。私がハッとした顔をしたのを見て、タバコを吸っていたお父さんが、「大丈夫?」とスペイン語で声をかけてくれました。

「私は豆腐2つ買った。でも、3つになってる」とお父さんにレシートを見せながら訴えると、「そう?返金するからちょっと待ってね」とお父さんは言いました。

私は家に帰る前にレシート見てよかった、と思いながら入り口に立って待ちました。

以前にベルリンのアジア食材店で、滅多に来ないからと、はりきって餃子の皮(冷凍)や納豆(冷凍)や、出前一丁や醤油など色々買って、1キロくらいの道のりを、ずしりと重たいエコバックを肩に食い込ませて帰宅。台所でしげしげとレシートを見ると、醤油が2本と記されていました。購入は1本なのに。

往復30分歩き、エレベーターのない4階の部屋まで自分にムチ打ちながら登ったところなので、また店まで戻って、私の通じないドイツ語で中国人に返金を求める気力は全くなく、もう寄付したと思えばいい、と、何のチャリティーかはわかりませんが、目をつむったことがありました。ですから、今回は帰る前に気づいてよかった、と心の中でホッと一息お茶を入れかけていました。

入り口でレジのお母さんの様子を見ていたお父さんが振り向き、「返金時間かかりそうだから、豆腐、もう1個取っていってもいいよ。これ日持ちするから」と言いました。

返金ではなくもう1丁持って帰れば、丸く収まるではないか、というお父さんの提案です。

私にはその考えは毛頭なかったので、お父さんの柔軟さに衝撃と感銘を受けながら、日持ちするったって普通の豆腐1週間くらいじゃないっけ、と消費期限を見ると2週間以上長い日付が印字されています。

じゃあ、レジは混み合ってるし、待つよりも、もう1丁持って帰ろうかとお父さんの提案を承諾し、3丁持って帰ることにしました。

帰路で気づいたのですが、この長い距離を汗かきながら帰るのが嫌だから2丁にしてたんだった、と予定より重たい布袋を肩に感じながら、お父さんの提案のフレキシブルさに、“機転がきく”ってこういうことだなぁと思いを馳せていました。

それにしても、水に浸かった豆腐は「3〜10日程度」の日持ちと日本のサイトではありますが、この豆腐、軽く2週間を超える消費期限だけど、どういうことなんでしょう、何か中国マジックがかかっているのかな。私にはわからないのですが、おいしいのです。

話は変わり、私がボランティアで手伝いをしている近所のカフェで、店主(ここでの呼び名は船長)が私に時々おつかいを頼みます。おつかいに行くのは大手のチェーン店ではなく、地元民が家族経営でやっている、野菜や果物の量り売りもある商店です。商店とはいえ従業員もいて、いつもレジに列ができる繁盛店です。

船長は私に100ユーロとかお札を適当に渡し、私はその紙幣を握りしめておつかいに行きます。買い物の合計金額はもちろん端数が出て小銭が必要となりますが、私はコインは船長から預かってませんから紙幣を出します。

すると、レジのお姉さんは、「まあいいわ」と小声で言いながら、私にウインクしてお釣りを渡してくれました。私はレシートと渡されたお釣りを見合わせて、お姉さんが端数を切り捨ててくれたことに気づきました。私はいつも、ことを理解するのに時間を要す人間です。

忙しそうに次の客を対応しているお姉さんに、「ありがとう!」と声をかけ、お姉さんは手を止めることなくレジを打ちながら、またウインクをしてくれます。

融通のきくレジ精算というものが、この世にはあるのだと私は知り、感心します。

ある時、船長のカフェで手伝いをしていた時、ドイツ人男性客バイエルンさんと雑談をしていると、カウンターに支払いに来たお客さんがいました。私はその人が注文したものの値段を知らず、なにせこの店には書かれた物理的なメニューというものがないですから、私は中庭で黙々と作業していた船長に「いくら?」と聞きに行き、言われた金額をレジで処理しました。

その様子を見ていたバイエルンさんに、私は、いかに船長が私を信用しすぎていて、レジも丸まかせだし、私は全ての値段を知ってるわけでもないのに、焦っちゃうよ、と笑いながら言いました。

すると「いいじゃない、あなたが思う値段で言えば」とバイエルンさん。

「常連さんなら、いつもいくら払ってる?と訊けば教えてくれるだろうし、観光客の場合はあなたが思う値段で言って、少し高ければ、店の利益になって損はしない。気づかないんだから問題ないだろう。
 ビールの小はいくらだと思う?2.5ユーロくらい?私もそれくらいで妥当だと思うな。ドイツだったら3ユーロかな。だからそのくらいでいいんじゃない」と余裕の表情で言います。

これが、俊敏に合理的な思考をするスマートビジネスマンの問題解決能力なのか!と、ガチガチで視野の狭い私には、青天のへきれきでした。

この人は、どんな状況でも、自分でなんとか上手くやっていく方法を見つけてきた人なのだな、さすがだな、と感心してしまいます。(バイエルンさんについて詳しくはこちら▼)

帰宅してバイエルンさんのフレキシブルなアイデアを、相方に話してみたところ、「だー、どうかな。きみはなんでも真に受けすぎだから、真剣に捉えすぎ」と言われました。そうだった、私はすぐに相手の言うことを鵜呑みして、全力で受け止めるんでした。

ということで、私にはバイエルンさん流の対応策は会話が必要になり冷や汗をかくので、私が動転しないためには、備えあれば憂いなし、全ての商品をメモ帳に書き出して船長に値段を聞くことにしました。人間はそれぞれの得意不得意があります。

タバコをくゆらせている船長の前に私は座り、メモ帳を片手に、ひとつひとつ「アメリカンは?お茶は?コーラは?クッキーは?瓶ビールは?生ビールは?」と値段を書き取りました。

フレキシブルで、適当で、しなやかな世界の波に、私が乗れる日はくるのでしょうか。

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