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最も重要な法律 〜由々しき言い間違い〜

間違うことで人は学ぶ、恥をかくことを恐れるな、と言われますよね。

私は外国語の読み書きはなんとなくできるけど喋れない、という典型的な日本人です。かつ、そもそも母国語でも喋るのがあまり得意でもなく、お世辞にも会話が上手な人間ではありません。

ただ外へふらふら1人で出かけるのは苦ではないので、バーやカフェの隅っこで黙ってビールを飲むという行為をよくしていました。

私が出かけるのは、客がいなくて、安くて、Wi-Fiがあるバーです。あまり繁盛していない店か、繁盛してはいるけど開店直後はスカスカという店を選びます。だったら出かけなくていいじゃないか、という指摘は、今はそっと横に移動させて、そのまま押し入れの天袋にしまってください。

2013年頃、私は、地中海の小さな島、マルタに住んでいました。日本で最も人口の少ない県(鳥取県)よりもさらに人口の少ない、国全体が村のような国です。

私のお眼鏡にかなうのは、店にとって、ある意味不名誉なことだと思いますが、気に入って週に2回は行っていたバーは、繁華街にありながらも平日は閑散、特に開店直後はしばらく誰もいないという店でした。

1人で何度も同じ店に黙って通うと、だいたい、そのうち店主がボソッと話しかけてくれるようになります。私は、店主(もれなくおじさん)と話して、時々、新たな語彙を学んでいました。この島は公用語が二つあり、その一つが英語なので、私はそこで英語を話していました。

誰もいないバーのカウンターで、寡黙にテレビ画面を見つめている店主に、「ビール、パイント一杯ください」と私が言うと、おじさんは、黙って、瓶ビールとグラスを出してくれました。

無口なおじさんを無愛想と捉える人もいるかもしれませんが、おしゃべりで超フレンドリーな人に対応する能力を私が持ち合わせていませんから、愛想控え目なくらいで、とてもちょうど良い塩梅のサービスでした。

急いでいる人が立ち食い蕎麦で胃袋を満たすように、カプセルホテルが最小限の寝床を提供するように、2人しか乗れず不便だけどやたら高価なスポーツカーを愛する人がいるように、需要と供給が合致すれば、それでいいのです。

当時、私はろくに英語を喋れませんでしたが、ビールを注文することくらいはできました。正確には、できているつもり、でした。

「ビール、パイント一杯ください」と言っていたのですが、ある時、寡黙なバーの主人が「Can I have と言った方がいいよ、give meじゃなくって」と言いました。

私は日本語からの直訳で思考していたものですから、「ください」を「Can you give me」と言っていました。つまり、「ビールちょうだい(無料で)」という、なかなかの厚かましい要求を、私はしていたのです。厚顔無恥にもほどがあります。

このおじさんに言われなかったら、私はその後も、物乞いなのか強盗なのかよくわからない注文の仕方をして、お店の人を「いや、あげられんし」「こいつ払う気あんのか?」と混乱させていたことでしょう。

私が今後困らないように、と考えてくれたのか、他のウエイターさんやバーテンダーが困惑しないように案じていたのか、「ちょうだい」と注文されるのが耳障りだったのか、わかりませんが、バーの主人に感謝です。

バーの主人は垂直にも水平にも身体の大きいマルタ人男性です。このビッグな店主が教えてくれた語彙に、とても記憶に残っているものがあります。

そのバーによく来る少し変わった女性の話だったか、ある通りに立っているたくさんの女性たちの話しだったか、どういう話の流れだったか覚えていないのですが、なにかの話題で店主が私に「プロスティチューションって分かる?」と聞きました。

prostitutionです。

私は、耳に覚えのある言葉だ、なんか最近覚えたはずだ、とパッとひらめき、「わかるよ!最も、重要な法律だよね!」と答えました。

教養のあるあなたなら、もう私がどれだけおかしなことを言っているか、お分かりだと思います。

私は、その当時、語学学校に通っていて、授業でコンスティチューション(constitution)という単語を覚えたところでした。

コンスティチューションは「憲法」という言葉ですが、「法律(law)」より込み入ったずいぶん長い単語だなぁ、という印象を受けて、記憶していました。

ビッグな店主に「プロスティチューション」と言われた時、8割がた同じ響きを持つ「コンスティチューション」と私は混同し、「憲法」だと思って「最も重要な法律だよね!」と言ったのです。

プロスティチューションとコンスティチューション、言い間違い英語の上位5位以内にきっと入ってますよね。入ってませんか?入ってませんね。

眉間にシワを寄せてキョトンとしている店主の顔を見て、あれ、私はなんか違うぞ、と気づきました。

その場で辞書を引き、プロスティチューションが「売春」という意味だと初めて知り、私は何と勘違いしていたか店主に伝え、私たちは大笑いしたのでした。

いかがでしょうか、prostitutionが最も重要な法律な国。トップを決める選挙があって、選ばれし娼婦が首相となる国。各界との広い人脈を持つ、人望の厚い、現役を退いた娼婦が国をリードする。世界首脳会議でスーツのおじさんたちの間にビシッと美しく立つ元娼婦首相。

私の貧困な想像力ではどんな国になるのか、どんな魅力的な選挙戦になるのか、残念ながら何も思いつきません。

おかげさまで今では、売春と憲法を混同することはなく、無事に生きることができています。あわや、日本の売春の特徴は、「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」です、とか張り切って、海外の人に話すところでした。


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