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エッセイを賞に。この機会を逃したくない。

 私のエッセイはまだ白紙です。

 見出し画像、そして直下の写真の中で見えている文字は、某エッセイ文学賞で見事大賞を受賞なされた作品を模写させていただいたものです。
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 先日、たまたまネットニュースで見かけた「エッセイコンテスト、結果発表」のタイトルにふと興味が向いてなんとなくサイトを開きました。そしてなんとなく大賞を受賞された作品を読み始めてみたのですが、一気に目が覚めました。

 ――これが選ばれる文章。

 末期がんで余命宣告を受けたお父さまを中心に描かれたエッセイでした。お父さまに告知はしなかったそうです。でも気づきますよね、いやでも自分の死期が迫っていることに。

 執筆者さまが見たお父さまの様子と、執筆者さまの胸中とが、とてもバランスよく描かれているなと感じました。

「もうちょっと見せてくれなきゃ想像できないよ」という意味ではなくて。
「ここに書かれていないエピソードを、このかたの文章でもっともっと聞かせて欲しい」と思わされたのです。 

 エッセイコンテストに応募するのならこれなのですよね。
 エッセイのお手本を読まなきゃ、読まなきゃと、図書館でエッセイコーナーに足を向けていた私でしたが、意識をゴールへと飛ばし過ぎていました。

 読者に「もっと読ませて欲しい、あなたのエピソードを」と思わせるような文章でなければ、あのコーナーへの仲間入りなんてできるわけがない。

「私の身に起こった出来事」を中心に、「私の気持ち」ばかりを文字に起こそうとしていました。

 五十二才の若さで突然死した夫を中心に描く。
 執筆者、イコール私が見た夫の様子、家族の様子と、私の胸中とをバランスよく。
 エピソードはあれもこれもと詰め込まない。三シーンを厳選。

 大賞を受賞なされた作品を模写させていただいて大正解でした。
 きれいに400字詰め原稿用紙五枚でした。

 もう少し模写したこの原稿用紙をしっかりと読みこみ、「もっと見せて」を読者に思わせつつも「読ませてもらえて本当に良かった」と充足感だけを置いていけるような文章の匂いを味わわせていただこうと思っています。

 そうしてから私も、エッセイ賞に応募する作品づくりにトライ。

 締め切り間近なのですよ。慌てず諦めず、精一杯やってみよう。
 うまくいく予感しかありません。

 いってきます。

 それでは、また。
 みなさまも、どうぞ心と体の声を聞きながら穏やかな日々をお過ごしくださいませね。

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