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【広告本読書録:104】「何者」かになりたい~自分のストーリーを生きる~

三浦崇宏 著 集英社 刊

採用に関するクリエイティブに長く関わってきたせいか、昔からインタビュー仕事はよくやってきたほうだとおもいます。

いま、会社に所属しながらも半分以上フリーランスのようなスタイルで仕事をしているのですが、いちばん引き合いが多いのはやはりインタビューです。採用目的だけでなく、企業ブランディングやプロモーションとしての依頼も増えています。

さらに少し前までは単発での依頼がほとんどでしたが、最近では年間何本みたいな契約や、社長を筆頭に在籍している社員全員分まとめて、みたいなデカいグロスのオーダーも。

これはいったい、どういうことなんでしょうか。

人は、やはり人の話が聞きたいのだろうか。コロナと関係しているのか。みんなそんなに個人の話を読みたいか?

その答えというか、ひとつの考えのようなものが、今回取り上げる本の冒頭に書かれていたので引用します。

なぜ対談形式なのか。それは、個別の問題の中にこそ、真実があると思うから。<中略>自分がインタビューなどで「これから世の中はどうなりますか」と聞かれたとき、漠然としたことは語れる。でもやっぱり、目の前で個別具体的に悩んでいる人を前にしたほうが、より真剣に考えられる。それが結果的に同じように悩んでいる他の人にとっても、納得性の高い、普遍的な話になる。(Prologueより)

なるほど、対談とインタビューの違いはあるかもしれないけど、たしかにそういうところがあるかもしれません。実際に対談記事の依頼もここのところ急増しているし。

人は、自分じゃない誰かの個別具体的な悩みや壁の乗り越え方を読むことで自分の来し方行く末に納得したり、回答を探すんですね。

ぼくは書店でこの部分を立ち読みして、興味を持ってレジに向かいました。今回、広告本読書録で取り上げるのはこちら!ちょっと広告本とは言い難いのですがバリバリの広告人が出した本ですし、いいかなと。

著者はGOの代表、三浦崇宏さんです。三浦さんは博報堂出身。Twitterでもバンバン発信する、ウェブセミナーやイベントでもガンガン登壇する、いまどきのクリエイターであり、ソーシャル界隈での顔役のひとりです。

本書は三浦さんが人選した、新時代のリーダーと呼ばれる人たちとの対談集です。対談相手の顔ぶれはくつざわさん、山内奏人さん、佐渡島庸平さん、カツセマサヒコさん、正能茉優さん、郭晃彰さん、龍崎翔子さん、ゆうこすさん、そして糸井重里さん。

イトイさんだけ、異色ですね。

みんなそんなに何者かになりたいのか

対談のテーマは最近のヤングが心の底から所望している「何者かになること」です。何者かになりたい。なって有名になって影響力を持ちたい。そしてお金を稼げるようになりたい。

一億総白痴化とはかつて社会評論家の大宅壮一先生が生み出した言葉ですが、さしずめ一億総インフルエンサー化といったところでしょうか。

これはSNSが招いた現象である、と三浦さん。フォロワー数がその人の価値のように語られているし、実際にその影響力にお金を払う企業もあるので、たしかにそうでしょうね。

しかし、インターネットやスマホ、さらにSNSが生まれるずっと前にヤングだった世代の人々にも、この「何者かになりたい」病はあるんじゃないかとぼくはおもいます。

たとえば田中泰延さん、上田豪さん、前田将多さんのトークライブではフォロワーの方からの悩み相談を受けているのですが、その中に「40歳を目前に何者にもなれなかったことを後悔している」というものがあります。

笑いの中に本質が見え隠れするトークです。最初からご視聴いただければ、とおもいますが、こちらの悩みは1:59:30秒から。

フォトグラファーでアートディレクターのワタナベアニさんをゲストに迎えて回答しているのですが、結論は何者かになる必要なんてない。平凡でいい。そしてマスコミが成功している人にばかりスポットライトを当てている弊害である、と。

なるほどな、とおもいました。

次に「ん?ということは?」とおもった。

この質問者さん、あるいはいまこの瞬間にも「何者かになりたいっ!」って切望しているヤングたちは、単にマスコミに取り上げられたいのか?スポットライトが当たれば承認欲求が満たされるんじゃないか?

ん?

なんか順番逆じゃないか?なにかに打ち込んで成果を出して、結果、その取組みが第三者から認められるようになり、評価につながり、スポットライトがあたる。これが順当だとおもうんです。

でも質問者さんはともかくヤングはみんな、最初からスポットライトにあたりに行こうとしてないか?それじゃあたるものもあたんないでしょ。

知名度や影響力を先に、インスタントに手に入れようとするから上手くいかないんじゃないの?

そんなふうにおもっていたら、この本で三浦さんがくつざわさんに向けて同じようなことを語っていました。

本当にプロになりたいんだったら、その仕事のプロの下について精進すればいいんだけど、当然ゼロベースだから、キツイことを言われる。逃げ場がない人間は頑張れるんだけど、実力より先に影響力を身に付けた2.5流の人は、それに耐えられる強靭なメンタルがない。一度SNSでインフルエンサーなんていわれてチヤホヤされちゃったりすると、とても頑張れない。
(Chapter1より)

そうですよ、ほんと。三浦さんって豪快そのものみたいなイメージでしたが、実は繊細で、すごくまっとうなことを言う大人なんだなと。すみません、業界の第一人者に偉そうなこと言って。

でもこれ、もしかしたら広告の世界で駆け出し、みたいな半人前クリエイターには刺さる一節かもしれませんね。

ひさしぶりのイトイ式広告話

このままでは広告本らしさの片鱗も見せられないので、あわてて話をかえます。何者かになりたい云々を軸に対談が進むのはいわゆる新時代のリーダーといわれている8人。

そして大トリに登場する糸井重里さんとは「広告について」対談しています。ちょっとおもしろいのが、この本の対談で糸井さんのだけが異様に長いの。53ページ割いてます。

一方、カツセマサヒコさんなんて6ページですからね。この差はいったい…とおもっていたらそもそも出自が違ってました。つまり新時代の(以下略)との対談は『ビジネス・インサイダージャパン』の連載の再編集。糸井さんとの対談は『ほぼ日』の特集企画。そりゃなにもかも違いますわ。

なので、フラットに読んだ感想としては、新時代(以下略)との対談が物足りないなあってこと。ページの都合?それとも元原稿の量?ネット連載がゆえの文字数制限?ちょっと裏事情はわかりませんが、もう少しボリュームがほしかったです。

そしてもう少し深く、鋭く切り込んでもらいたかった。せめて全編くつざわさんの章ぐらいは。伝えたいことを絞り込んだダイジェスト版だとすると、それはそれで親切だけど、でも…と、モヤモヤしてしまいました。

糸井さんとの広告の話に戻します。

糸井さんといえば偉大なるコピーライターです。しかし広告の第一線を退いてから業界の人との対談はほとんどしていません。あえて、なんだろうなあと勝手におもっていたので、三浦さんとのセッションはいち読者として期待値満点でした。

久しぶりの糸井さんの広告話は、なんだか遠くを見ているようでもあり、思い出話をされているようでもあり、淡いのですが味わい深い。そして一本筋が通っています。

僕はフリーの道って結局、「自分が頂点に立って、自分の手足みたいなものを増やしていく」しかない気がしたんです。40代はじめぐらいの頃に。そして、ひとつハッキリ言えたのが、自分がこの先、一人でやっていったら、どこかで「先生と呼ばれる業者になる」のが目に見えていたんです。

そして、小さくてもいいからチームプレイをしよう、と決めた糸井さん。仕事のスタイルというか、つかみ方も大きく変換しました。

『ほぼ日』を立ち上げる時、すべての「頼まれる仕事」を「自分から頼む仕事」にしようとした、と糸井さん。

でも頼まれ仕事ってぜんぶがぜんぶ、自分がやりたくてやるようなことではないわけです。基本は「相手が得すること」ですから。だからこれを逆に「自分が頼むとしたら?」という視点で考えてみるといいなと思ったわけです。 <中略> だから、ぜんぶの頼まれ話を「自分が頼むこと」に変換してみると、考えやすくなるんです。依頼されたとき、自分が「お願いしてでもやりたい」と思えることだけやって、思えないことはやらない。そうすると健全な仕事だけ残るんです。

うぐぐ、ふだんから頼まれたらうれしくなってついぜんぶひきうけて首がまわらなくなってるぼくにとっては目からウロコが落ちる話です。

ひさびさのイトイ式広告話。なんならこれだけのために買ってもいい、というと怒られちゃうかもしれませんが、なるほど紙面をもっとも多く割くのもうなづける充実ぶりでした。

三浦さんの相手から話を引き出す力も全開。さすがの対談上手っぷりを発揮しています。それだけに、他の人とのやりとりももっと読んでみたかったですよね。全文書き起こしメディアのログミーで対談をやってみると、三浦さんはもちろん対談相手の魅力がもっともっと伝わるんじゃないかなとおもいました。

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