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【広告本読書録:112】小田桐昭の「幸福なCM」。

小田桐 昭 著 辰巳出版 発行

日本のコマーシャル界の重鎮、といえばこの方をおいて他にないのが、小田桐 昭さんであります。もう、自分のようなものが軽々しくお名前を口にしてはならないのではないか、ぐらいの重鎮。

どれぐらい重いか、言葉を尽くしてみたいと思います。

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重度のテレビっ子だったぼくは、本当に物心ついた頃からブラウン管にかじりついていました。両親が共働きだったこともあり、人生で大事なことやそれほどでもないこと、さらにはいらんことまでテレビから教わりました。

そして当時のぼくにとっては番組とコマーシャルは別物ではなかった。場合によってはコマーシャルのほうが重要なこともあるほど。たとえば超合金とか仮面ライダー変身ベルトのCMのギミック(親は「あれは嘘」と言った)に胸ときめかせていました。

そこから転じて、たった30秒ぐらいの中に面白いストーリーと映像を詰め込んだ宝箱のようなコマーシャルに魅せられていったのです。

あげていけばキリがない。これらのCMはぼくにとっていまだにクッキリと脳裏に焼き付けられている『作品』です。

そしてこれすべて、小田桐 昭さんが手がけたものです。

どうです、すごいでしょう?

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古川裕也さん、という天才クリエイティブ・ディレクターがいます。その古川さんがまだ鳴かず飛ばずだったころ(そんなころが存在すること自体が信じられない)小田桐さんから声をかけられました。

古川さんいわく、救世主だったそうです。日本にしか存在しないCMプランナーという職業を発明した人だ、と小田桐さんを紹介しています。

そして古川さんは強烈な体験をします。CMのアイデアを全否定されるのです。その頃、古川さんがいちばん浴びた言葉は「わからない」でした。

古川さんのアイデアがわかりにくいから「わからない」ではありません。なぜこのようなものが目の前にアイデアと称して置かれているのかが「わからない」と言われていたのです。

ここで古川さんは徹底的にクリエイティブの足腰を鍛えられるのでした。小田桐さんから「クリエイティブの仕事がいったいどれぐらいの高さと深さにまで到達し得るものなのか」を認識するよう、叩き込まれたわけです。

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さて、ここに高崎卓馬さんという一流のクリエイターがいます。高崎さんは広告だけでなく小説を書いたり、映画を撮ったりと非常に多才。いろいろな分野で活躍されています。

そんな高崎さんにも当然、駆け出し時代があります。その駆け出し時代から頭ひとつ抜けるタイミングであるクリエイティブ・ディレクターと出会います。

それが前述の古川裕也さんなのです。

高崎さんは古川さんと出会い、仕事を一緒にするにあたりこんな言葉を投げかけられています。

彼は僕の企画を見た瞬間に「キミはなにも学んでいなさすぎる」、そして「よくこんなになにも学ばずに生きてこられたね、逆にえらい」と言いました。そこからたくさんの文法や回路を、この本に書いてあるほとんどのことのベースを教えてもらいました。
高崎卓馬『表現の技術』中公文庫 P240 

どうでしょう、言葉選びこそ違いますが、古川さんが小田桐さんに言われつづけてきた「わからない」にも通ずるものがあるように思えませんか。

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そしてもうひとり。古川さんと高崎さんにとって恩師とも言えるスーパークリエイターがいます。

それが杉山恒太郎さんです。

杉山恒太郎さんは『ピッカピカの一年生』でおなじみの、これまた日本を代表するクリエイティブ・ディレクター。電通で役員まで上り詰めたのちに、名門プロダクション「ライトパブリシティ」の代表に就きました。

『僕と広告』という本には、杉山さんの盟友たちのインタビューがたくさん掲載されているのですが、その中のひとり、スネークマンショーこと桑原茂一さんの章から引用します。

杉山さんの門下生で印象的なのは、古川裕也です。僕たちは「少年」と呼んでいましたけど、抜群の変態天才で、最高にセンスがいいんです。その下が高崎卓馬で、この流れがすごい。杉山さんがまだ若かった二人に「茂一と会ってみろ」とけしかけて、知り合ったんですよ。
杉山恒太郎『僕と広告』グーテンベルクオーケストラ P67

と、いうことで古川さんと高崎さんは揃って杉山恒太郎さんのお弟子さん。そして杉山さんの先輩に当たるのが、誰あろう小田桐さんなのです。

クリエイターズ殿堂のほうは、晴れて記者発表も終わりました。~中略~大瀧さんもそうだけど、去年は川崎徹さん、その前は小林亜星さんや操上和美さん。過去の受賞者はみんなそうそうたる人たち。もちろん僕の恩師、小田桐昭さんも。
杉山恒太郎『僕と広告』グーテンベルクオーケストラ P203

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そしてもうひとり、名著『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』で知られる原野守弘さんもまた、杉山恒太郎さんのお弟子さんです。

未経験のままクリエイティブの世界に飛び込んで間もない頃、あまりにも鳴かず飛ばずだった僕を見かねて、師匠の杉山恒太郎さんが岡崎孝太郎さんを紹介してくれた。
原野守弘『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』クロスメディア・パブリッシング P30


付け加えると年齢的に古川さんの同期かもしくはその前後に位置する、タグボートの岡康道さんも小田桐さんに師事していたひとり。

彼が営業から転局試験を受けて、クリエーティブ局の僕の部に配属されて来たのが1985年のことです。「小田桐さんの部へ行きたいと願い出て来ました」と本人は言っていましたが、本当にそうなのかは分かりません。
小田桐 昭『小田桐 昭の「幸福なCM」。』辰巳出版 P287 

どうでしょう。ここに小田桐DNAを受け継いだ超一流、日本屈指のクリエイターたちが顔をズラリと並べるわけです。

おわかりいただけたであろうか。
これが重鎮でなくてなんであるか。

どうです、すごいでしょう?

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さて、小田桐さんのすごさ、重鎮ぶりを理解いただけたところでようやく本題。今回ご紹介するのは『小田桐昭の「幸せなCM」。』です。書籍のタイトルにお名前が載るのもうなずけます。

CMの神様による、CM論。日本のCMの歴史的変遷を時系列いったりきたりで非常にやわらかく、わかりやすく語られています。

帯に「CM」は死んだのか?といういささか過激な惹句が踊りますが、まさしく小田桐さんだから語れる、語っても許される、CMがつまらないものに堕ちてしまう理由や背景が当事者の声として記録されているのです。

これ、引き合いに出すこと自体がおこがましいことを承知で書かせていただきますと、ぼくが毎週月曜日にnoteに連載している『採用クリエイティブの森』とマインドは一緒ではないか、と。

ぼくが求人広告に対して抱く心情と小田桐さんがCMに抱く心情は、その深さや高さ、尊さこそ違えど根っこの思いは同じなんだと思うのです。

つまり、それは、愛です。

愛するがゆえに、落ちぶれる様を見ていられない。愛するがゆえに、その惨状にひと言いわせてもらいたくなる。愛するがゆえに、もっとこうしたら良くなるのにとついこぼしてしまう。

だから、CMや広告づくりを志す人、あるいは走りはじめたヤングにとっては歴史の教科書ぐらい価値があると思います。ぜったいに読んでおくべき一冊です。

小田桐昭さんから教えを請う機会なんて、今後もあるかないか。ないか。ないわ。ないね。

だって小田桐さん、まだまだプレイヤーとしてCMづくりを楽しんでいらっしゃいますからね。

この本でも取り上げられていますが、小田桐さんの最近のお仕事である某D製紙の紙おむつのコマーシャル。なんだかハツラツとした活気を、ディスプレイ(もうブラウン管ではありませんからね)から感じるのはぼくだけでしょうか。


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