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花をたずねて山めぐり

能の『山姥』

最近、『山姥』の歌に感動した。

『山姥』とは、能の作品で、山に棲む妖怪である「山姥」を題材にしている。

『山姥』のあらすじは、こうだ。

都で、山姥の山めぐりを題材にした曲舞で人気を博した、
「百ま山姥」という遊女がいた。

百ま山姥は、善光寺に参詣しようと、従者たちをつれて、旅に出る。

ところが、道中で、急に日が暮れてしまった。

一同が困っていたところ、やや年増の女があらわれ、宿に泊めてくれた。

女は、自分が真の山姥であることを明かし、
自分を題材にした山姥の曲舞を謡ってほしいとお願いする。

遊女が恐ろしくなって謡おうとすると、女は押し止め、
「今宵の月の上がった夜半に謡ってくれるなら、真の姿を現して舞おう」と告げて、消えてしまう。

夜更けになると、山姥は真の姿となってやってきた。

山姥は、自身の境涯を語り、仏法の哲理を説き、さらに真の山廻りの様子を表して舞った。

そして、山姥は舞いながら、どこかへ消えていなくなってしまった。

この話のなかで、もっとも興味深かったのは、「山姥」が悪者として描かれていなかったことである。

伝承の多くには、「山姥」は人を食い殺したり、通りすがりの人の襲うといった、
恐ろしい妖怪として、描かれている。

しかし、能の『山姥』に登場する「山姥」は、獰猛ではない。

むしろ、仏教の真理を説いたり、曲舞を謡ったりと、教養があるように思える。

山姥の二面性

民間伝承に登場する妖怪は、歴史には登場しないが、実在していた人々がモデルになっていることが多いらしい。

では、「山姥」のモデルはどんな人か?
というと、これが、諸説ある。

・山間を生活の場とする人たち
・山の神に仕える巫女
・山隠れする女
・零落した山の神

ざっと調べただけでも、これくらい「山姥」のモデルとなったであろう人たちの例が出てくる。

ただ、全体的に、良いイメージじゃない。

山の神に仕える巫女が「妖怪化」した姿だとか、
山の神が「零落した」姿だとか、
女性が「正気を失った」姿だとか…

山姥には、ネガティブなイメージが付与されていることが分かった。

一方で、山姥の「優しい」一面を感じる話もある。

伝承によっては、「山姥」が綺麗な声で歌をうたったり、美女であるという話がある。

親切にしてくれた人間には宝を渡したり、
足柄山の金太郎を育てた山姥のように、神童や若子の母であるという場合も多い。

どうして、話によって、ここまで山姥の印象が分かれるのか?

ただ、どの話でも、山姥が奥山に住んでいるということは共通している。

「山」は私たち人間に恵みを与えてくれる一方で、
突然の天災などによって、命を奪うこともあるという、恐ろしい側面も持ち合わせている。

この「山」という自然がもつ二面性が、
山姥の両極端なイメージに反映しているのかもしれない。

山の神としての山姥

また、山姥は、「山の神」としての性格を、色濃くもっていると言われている。

一度に異常なほどたくさんの子供産むという話や、
山姥の死体から、宝物が発生することがある。

この性質は、「山の神」特有のものらしい。

例えば、『牛方山姥』では、殺された山姥の死体が、薬、金となり、

山姥の大便や乳が、錦や糸などの貴重な宝物になったととされている。

これは、『古事記』に登場するオオゲツヒメと、
『日本書紀』のウケモチの話に似ている。

オオゲツヒメは、スサノオに食べ物を振る舞おうと、鼻や口、尻から食物を出したことろ、
怒ったスサノオに殺されてしまう。

ヒメの死体から蚕、稲の種、粟、小豆、麦、豆が生えた。

ウケモチは、口から飯、海産物、狩りの獲物を出して、ツクヨミにご馳走しようとしたら、怒ったツクヨミに殺されてしまう。

ウケモチの死体から、牛と馬、粟、マ蚕、稗、稲、麦、豆、小豆が生じた。

このように、排泄物や殺された死体から、貴重な品が発生するという点で、
『牛方山姥』と、オオゲツヒメ・ウケモチの話はそっくりだ。

さらに、山姥は『古事記』『日本書紀』に登場するイザナミとも親和性がある。

イザナミは殺されたわけではないが、火の神を産んで死んでしまう前に、
排泄物から金鉱の神、粘土の神、水の神、食物の親神を産んでいる。

排泄物や当人の死から宝物が生まれるという点で、
山姥とイザナミは共通している。

ほかにも、山姥の民話に『三枚のおふだ』という話があるが、
これは、イザナミがイザナギと黄泉国と追いかけっこをする話とそっくりだ。

『三枚のおふだ』とは、小僧が山姥に追いかけられ、山姥に向かって投げた御札が、川や山などの障害物を出すという話である。

これは、死んでしまった妻イザナミを追って、イザナギが黄泉の国に行ったところ、
約束を破ってイザナミの姿を見てしまい、追いかけられて逃げ帰る話と似ている。

民俗学では、イザナミには、豊穣の母神・山の神としての一面があると言われている。

だから、山の神としての側面をもつ山姥と、イザナミに親和性があるのは、当然かもしれない。

また、イザナミの神話は陰惨なストーリーではなかったが、
後世になるにつれて、暗いイメージが付与された可能性があるらしい。

もしかしたら、山姥もイザナミと同じで、
時代によって、色々なイメージがつけられていったのかもしれない。

変化する山姥のイメージ

山姥の住み場所である「山」は、日本の長い歴史において、様々な役目を担ってきた。

縄文時代は、「山」は生活の場であったが、
弥生時代以降、多くの人が山を下りて暮らし、都市を築いてきた。

山は、恵みを与えてくれる存在だ。

しかし、時代によって、
盗賊が身を隠す場所になったり、
仏教徒の修行の場となったり、
遺体を安置する場所にもなったこともある。

伝承のなかに、通りすがりの人を襲う盗賊のような山姥がいたり、お経が分かる山姥がいるのは、
山間部に住んでいた人々が、モデルになっているからかもしれない。

こうした、時代や場所によって、「山」のイメージが変化していくとともに、
山姥に付与されるイメージも変わってきたのだろう。

インテリ山姥

ただ、能の『山姥』に登場する「山姥」は、
仏教の真理を説いたり、曲舞を謡ったりと、教養があるように思える。

この山姥のイメージはどこから来たのか?

山姥ではないが、能の演目で、『紅葉狩(もみじがり)』という話がある。

これは、現・長野県長野市に「紅葉」という鬼女がいたという伝説に基づいている。

「紅葉伝説」のあらすじは、こうだ。

平安の頃、紅葉という高貴な女性が、都から水無瀬(鬼無里)に追放されてきた。

紅葉は、美しく教養のある女性だった。

村人に慕われ、昼は村人に読み書きなどを教えていたが、
夜は変装して他村を荒らし回りはじめる。

やがて、紅葉は「鬼女」と呼ばれ、鬼女が京を狙っているという噂が流れた。

朝廷はその噂を聞き、平維茂(たいらのこれもち)に鬼女退治を命じ、紅葉は征伐されたという。

醜女だといわれる山姥が多いなか、高価なものをもっていたり、美人で歌が歌える山姥の話があるのは、

「紅葉」のように、なんらかの事情で、山間部に住んでいた身分の高い女性や、
もしくは、各地を巡っていた教養のある女性がモデルになっているからかもしれない。

山姥の歌

このように、「山」や山に住む人々のイメージと相まって、
語られる伝承によって、山姥の印象がまったく異なる。

ただ、能の『山姥』は、これらの幾重にも重なる山姥のイメージを、見事に表現していた。

能の『山姥』に登場する「山姥」は、
仏教の教えを説き、曲舞を謡うという聡明さを持ちながら、
山をめぐりの苦しさを吐露する。

まず、山姥は、山を巡って目にしてきた自然を、仏教の理にたとえて謡う。

そして、自分は鬼女となって姿を現したが、「色即是空」というとおり、
あくまで世間が思う「山姥」のイメージは、実態がないものと語っている。

そのうえで、木こりや機織りの女を手助けしても、
卑しい者に「見えない鬼」と言われることを、恨めしく語る。

そして、自らの足で、山をめぐる様子を見せて、山姥は謡う。

ー春は梢に咲くかと待ちし。

(山姥)花を尋ねて山めぐり。

ー秋はさやけき影を尋ねて。

(山姥)月見る方にと山めぐり。

ー冬はさえ行く時雨しぐれの雲の。

(山姥)雪をさそひて山めぐり。

山めぐりを続け、輪廻を逃れることができない妄執が、つもりつもって山姥となったのだと語られ、
山姥は姿をくらましてしまう。

山姥は、杖をつきながら山めぐりをして、自然の素晴らしさを鮮やかに表現しながら、仏教の理を説いている。

その姿は、まるで、山伏のようだ。

一方で、心の確執が晴れないことを打ち明けるという、人間くさい一面も見せる。

しかし、私は個人的に、山姥が消える直前に謡った歌が、一番気に入っている。

春は、梢に咲くかと花を求め、

秋は、光を見ようと月を求め、

冬は、雪を誘うように山めぐりをする。

標高600メートルに位置する飯地町に住んで、1年半以上が経った今だからこそ、

山姥の歌の意味するところが、少しは分かる気がする。

そして、思いのほか、山姥の歌が気に入ってしまい、早速作品の題材にすることにした。

今、必死に制作を進めている。

これからも、「山姥」というテーマを大事にしていこうと思う。

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