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11.ハマチの声 #同じテーマで小説を書こう

波打ち際に打ち上げられた魚に、私は違和感を持って思わず駆け寄った。

うめき声が、聞こえたもので。

空耳だと信じたかったが、いかんせんその線は望み薄だろう。

うめき声がみるみる近づいてきたからだ。

魚が、うめいている。

おまけに足まで二本生やして。

ああ私は、なんてものに接近してしまったのだろうか。

「おい、あんた」

思わぬしゃがれた声に、笑いを吹き飛ばす咳払いを、一つした。

「助けてくれ」

瞬きしない、魚の目玉が二つ、私を見据えて話さない。

これは、笑えないな。

「君は、何だい?」
「タイではない。見てわからないか、ハマチだよ」
「それで、ハマチがなぜ言葉を喋って、足を生やして波打ち際にいるのかな?」
「よくぞ聞いてくれた!」

我が意を得たりと言わんばかりに、ハマチが一度跳ねた。
近所の魚屋のおっちゃんの声に似ているのは、気のせいかな。

「この足ってのはどうやって使えばいいのかな?」
「歩くのに使えば良いのだけれど」
「頼む、俺に教えてくれ」
「もしかすると私は、魚類に歩行を教える第一人者になれるかな?」
「あいにくこんな酔狂なハマチは俺だけだろう」
「一体何をどうしたら、こうなったんだい?」
「よくぞ聞いてくれた!」

また、ハマチが跳ねて、左足首を嫌な角度でひねった。
…この声は、魚屋のおっちゃんのタイムセールの声に似すぎてはいないかな。

「俺は陸に上がりたかった」
「なるほど」
「それを上役のカツオさんに伝えたら、出世街道を外されたのさ」
「上手いこと言ったつもりか?」
「上手くもねえよ、俺は落ちぶれてまずいやつと出会っちまった」

いつの間にかハマチはあぐらをかいていた。
なるほど。
こういう風に使えるのか。

「悪い魔法使いのタコに出会っちまってな」
「そんなおとぎ話を読んだことがあるぞ」
「そいつはセバスチャンっていうんだがな」
「微妙に違うな」
「俺を陸に上げてくれって、全財産を叩き売ってお願いしちまったわけよ」
「酔ってたのか?」
「潮の流れに酔ってたよ」
「魚も大変だ」

しかし、このハマチは足こそあるけれども、手は生えていない。
色々不便じゃないかな。

「セバスチャン曰く、お前の大切なものと引き換えに、声と足をプレゼントしようって取引になったわけだ」
「なるほど」
「手は尽くしたんだが、あいにく、手までは生やせなくてな」
「予算の都合上、お手上げだったか」
「そんなところさ」

ハマチがずいと、距離を寄せてきた。
なぜ、魚の匂いではなく、中年男性の匂いがするのだろう。

「それで初めての陸上生活に難儀しててな」
「だろうな」
「代償に、尾びれと背びれと浮き袋とエラを失っちまったからさ」
「だいぶ持ってかれたな」
「俺を養ってくれないか?」
「断る」

足だけ生えたハマチは、海沿いのサッカーチームの子どもたちにリフティングを教えることを生業にして、生きているという。

お題:声 制限時間:15分 文字数:1148字

参加される皆さんの好きを表現し、解き放つ、「プレゼンサークル」を主宰しています! https://note.com/hakkeyoi1600/circle ご興味のある方はお気軽にどうぞ!