3.熱帯魚のいたりあ
遅いな。
妙に鈍臭い熱帯魚がいる。
緑に白に赤の旗が目印の熱帯魚屋の水槽を外から眺めるのが、私の数少ない習慣だった。
毎日定刻にピザ屋の宅配がくるその熱帯魚屋は、なぜかトマトの匂いが濃厚な、風変わりな店だった。
私はあいにく店の中に入ったことはないが、遠巻きに見守り続ける、これ見よがしなたいこ腹の店主のウエストと窓ガラスに佇む水槽の中身だけには詳しくなっていた。
朝顔一つ育てられなかった私は、生き物など飼う資格はない。
しかし、その妙に動きの遅い熱帯魚だけは気になった。
病気であるようには見えない。
ただただ、他の熱帯魚に比べて、遅くて、でかいのだ。
気にし続け、その水槽を除く時間が長くなっていった。
店主と水槽越しに目が合うことも何度もあったが、それを引き際だと判断し、したかしてないかわからぬ程度の会釈とともに、別れを告げるのが常であった。
遅い熱帯魚は、確実に遅く、そして、デカくなり続けていた。
明らかに目立つはずなのに、気にかけているのはどうやら私だけのようだ。
・・・
今日は定休日だから目もくれずに通り過ぎようと思っていたが、後ろから声をかけられた。
店主だ。
「その深緑のワイシャツは、買物に行くためのシャツだろう?」
私が店主のウエストを観察していたように、店主も私を観察していたのだ。
「119cmってとこですか?」
「いいとこついてるね」
ピザが余っているからと、トマト畑でもここまでトマトの匂いはしないであろう店内に、初めて入った。
別世界のような空間は、トマトの匂い以外には、意外と気になるものがなかった。
「お前のおめあてはこいつだろう?」
遅くてデカイ熱帯魚は、もはやオオサンショウウオほどの大きさにもなっていた。
「これは熱帯魚なのですか?」
「分からん」
特別なことはなく、ただピザを食べて私は帰っていた。
その熱帯魚屋は、いつの間にやらイタリアンのレストランに変貌していた。
店主はコックでもしているのかと思ったら、カウンター席で隣になっていた。
「あいつは?」
「出会うには遅すぎた」
噛みごたえのある、フライだった。
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お題:遅い熱帯魚 必須要素:イタリア 制限時間:15分 文字数:909字
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