短編フィクション)北千手の魔物

※シュール系のバトルフィクションです。他意はありません。

従兄弟の友人のちょいワル少年が地元のちょっとした喧嘩に巻き込まれたらしく、たまたま相談を受けた私は、そこへ首を突っ込み加勢することになった。ブクライナ情勢かっつーの。私の頭の中には、機微ある世界情勢に対する偏見が渦巻いていた。
全く、何が侵略やねん、マメリカが一番やっとるやろ。解放や独立に見せかけて傀儡にした国家を幾つも持ってる。連日、しょーもないプロパガンダ流すな。正義とか悪とかそんなに分かりやすいもんじゃないやろ。なんでブクライナの難民がボシアに亡命してるねん。殺されるって言うなら、ボシア以外に逃げるやろ普通。二元論すら使えんなら、何のための義務教育やねん。勝者がいくらでも弄れるのが歴史やろがい。きっと、わいらのビホン国も焚き書の方に真実があるねんで。じゃあなきゃ燃やすわけないやろ。ネットのない時代に情報共有なんかあんまりないから、改変し放題じゃい。それと対立をよそに武器を売る連中が一番タチ悪い。三元論、乙。ほんまマメリカンクラッカーとはよく言ったもんやで。は、ブクとボシを振り回してカチカチ遊びながら儲けてるんは誰かつー話じゃのう。
この度の諍いと、あまり関係がないイキリは絶好調だった。

空き地に呼び出された私の相手は、千手観音だった。最近はこんな人間?がいるのか。

手が多すぎて何やらピントが合わず目が疲れる。その手には様々な武器と日用品、印を組んでいるものもある。肌は金属のように艶々していて目が狐のように細い。

よくもやってくれたなぁと、私の側に立つ少年が分かりやすい負けフラグを口にする。

千手観音は面倒くさそうに溜め息をして、私に一瞥をくれた。その瞬間、ありとあらゆる武器が私の顔前に襲い掛かってきた。

私は卓球部で鍛えたステップワークと動体視力のおかげで、観音ならぬ鬼のような乱撃を避けることができるようだ。みんな、卓球は潰しが効く。

宮古島?今、頬をかすった木刀の銘柄、あれは確かに宮古島、奴は宮古島に行ったのか?
修学旅行で買ったものか、それとも祖父母の老人会の旅行のお土産か。
千手観音の着ているサーフ系のプリントシャツと、若干気だるげな肩の落とし方が両親以外の別の甘えの源がある奴のそれだ。きっと祖父母がいるに違いない。

続け様にドンガラと音が鳴る。
インドラから借りたであろう独鈷杵の雷撃が地面を抉った。粉塵と光が目眩しになり、怯んだ私は攻撃を大きく躱して、多分、誘い込まれた。その数十メートル先に、千手観音の本命が待ち構えていた。

あれはチュールだ。もう片方の手で猫を撫でている。猫まっしぐらのチュールを野良猫に与えようとしている。絶対に許されない行為だ。あれは人間でいう快楽剤だ。一度でも食べてしまったら、アスファルトジャングルでは絶対に手に入らない至高の旨味を求め続けて、挙句の果ては人間を食い散らかす化け猫になる。
しかも、悲しいかな、あの猫には尻尾がない。よほど過酷な環境だったのだろう。猫は空腹感で自分の尻尾を食べてしまうケースもあるらしい。だとしたら尚更に、チュールに出会うことを阻止せねば!

ただ、私の手には武器がない。ラケットを持っていないことを、これほど後悔した事は無い。セルビドを貼ったラケットさえあれば。

コレ使えー!とあの少年が叫ぶ声が聞こえる。

絶対に間に合わないタイミングだったのに、その時だけ何故か時間が止まったようだった。放物線を描いたそれが私の手に吸い込まれる。

なっ、これは!ピンポン玉!?(ここは、普通ラケット投げろよ)

前のめりの体制でピンポン玉は投げることもままならない。そこで咄嗟にピンポン玉を親指と人差し指の2本の指で挟み込み、滑らせて打ち出す。
ポップアップしたピンポン玉が猫の口元のチュールへ、やった、撃ち落とした。さすが、安定のスリースターズの球だ。

安心したのも束の間、ぼんやりと、自分の胴回りには不穏な黒いオーラが巻き付こうとしていた。
それは突然、大鎌に姿を変えた。このまま引き切られると、胴体が真っ二つになって、二度とヨーグルトシェーキが飲めなくなっちまう。
咄嗟に膝を胸前に思い切り引き寄せて回避した。
すごい勢いで地面を転がり、空き地特有の土管にぶつかる。
服が泥だらけで口の中を切った。追撃はない。
しかし妙だ。あのタイミング躱せたのはおかしい、助かるはずがない。

そうか、野郎、手を抜いてやがる。

千手観音はこちらを見て、ニヤリと笑った。

何笑ってやがる、お前、全然、世界救えてねーじゃん。

今度は分かりやすい殺意を帯びて無数の武器群が襲いかかってきた。襲いくる夥しい数の手のうちのひとつに、あの猫がくびり殺されているのが分かった。
どうやら奴からは完全に余裕が消えたようだ。にしても、猫には残念なことをした。
千手も、戦いの最中に優しさを持つ余裕があればこそ武器を振いながらも、もう一方では生命を愛でることもできようが、このように結局は都合によりて、か弱き命が犠牲となってしまうのだ。まさに現実。疑いようもない真実。
またも回避。私は奴の無数の手のうちに、まだ他に命が握られていないか、目を凝らしていた。

完)

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